こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for February 2009

『スパニッシュ・アパートメント』(2004年日本公開)という映画を見たことはありますか? パリのある青年がバルセロナへ留学します。ルームシェアした5人の若者たちと、時にはけんかをしたり、助け合ったり、恋愛したり、挫折したりする姿を描いた、青春映画です。

この映画の主人公が留学時に利用したのが「エラスムス計画」。欧州の学生が自分の出身国以外の欧州国で学ぶことができる制度で、学生・教員交流プロジェクトとして成功を収めました。そして、「エラスムス計画」を背景にできたのが、「エラスムス・ムンドゥス」です。EUとEU以外の学生や教員が学術的に交流し、お互いに研究を促進していくことを目的にした、高等教育交流計画です。

2009年から2013年の予算は、9億5000万ユーロ。2004年から2008年までの6億900万ユーロに比べて、大幅に増額されました。それだけ、EUがこのプログラムに力を入れていることがわかります。また、これまでは大学レベルでの交換留学が一般的でしたが、博士課程の学生まで対象を拡げたり、奨学金を提供したりと、多くの人に研究や交流のチャンスを与えてくれています。欧州で学んでみたい人はぜひ、応募を!(乙女の祈り)

駐日欧州委員会代表部
http://www.deljpn.ec.europa.eu/relation/showpage_jp_relations.academic.erasmus.php

文部科学省による「エラスムス計画」解説
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/007/gijiroku/030101/2-7.htm

早稲田塾
http://www.wasedajuku.com/wasemaga/unipro-note/2008/07/post_172.html

オーストリアは北海道とほぼ同じ大きさの約84,000m2。しかし、自国語の表記Österreich(東の帝国)が示すように、かつては名門ハプスブルク家がヨーロッパの大半、さらに中南米にまで及ぶ大帝国として栄えた。

その名残が、今も国民生活に今も大きな潤いをもたらしている。首都ウィーンの面積の半分が緑地帯で、いずれも美しく手入れされ、市民の憩いの場所になっている。中心部の東隣にあるプラーター公園はもとは貴族の狩猟場であり、映画『第三の男』に出てくる有名な大観覧車も一角の遊園地にある。

年間670万人も訪れるシェーンブルン宮殿は、ハプスブルク王朝の歴代君主が離宮として使用し、庭園群を含め世界遺産に登録されている。全1,441室あるが、観光客に公開されている2階部分以外は、なんと賃貸住宅として貸し出されている。公務員であることが入居の条件であるが、100m2の2LDKで、家賃は日本円で47,000円と、大変お手頃!

美術史美術館はハプスブルク家が400年間にわたり各地の領土から集めたコレクションが中心。なかでもブリューゲルの傑作の数々は1室に集められ、圧巻である。市内に数多くある美術館の中でも最近注目されているのが、2001年にオープンしたレオポルト美術館。ミュージアム・クォーター・ウィーンの中でも入館者数が一番多く、オーストリア表現主義の巨匠エゴン・シーレの世界最大のコレクションを有する。

東京でも生き続けるウィーンがある。山手線の利用者は気づいているかな、恵比寿駅の発車メロディに『第三の男』の曲が採用されている。(マイケル尊王寺)

オーストリア・ウィーン旅行記、観光ガイド
http://www.austria-ryokou.com/

オーストリア政府観光局公式サイト
http://www.austria.info/xxl/_site/jp/_area/540352/home.html

レオポルト美術館
http://www.leopoldmuseum.org/index_en.html

ネックレス徳川幕府が1609年にオランダに朱印状を発行し貿易が開始してから、今年で日本とオランダは通商400年を迎えた。オランダといえば、風車やカステラを思い浮かべるが、最近、頑張っているのがコンテンポラリー・ジュエリーの分野。その人気のデザイナー、カルナ・ナウス(Carla Nuis)さんの日本初の個展が、2月末から3月上旬にかけて恵比寿の小さなギャラリー「ドゥポワソン」で開催された。

コンテンポラリー・ジュエリーは、オーソドックスな宝石とはちょっと違って、素材に制約を受けないジュエリー分野であり、デザイナーや作家の個性、独自性が尊重される。宝石店ではなくアクセサリーショップなどで気楽に買えるものが多く、欧米では人気上昇中。その先端を行っているのがオランダとドイツだ。日本では、このカテゴリーでの世界的なデザイナーはまだ出ていない。

じゃが芋をイメージナウスさんの作品は、極めて繊細で、レース模様の薄い表面を持つジャガイモのような銀製の球体をネックレスにしたり、複雑な形態に作り上げた金、銀の製品を大胆に組み合わせたりしている。その手法はCAD(コンピュータ支援設計)システムを駆使したエッチングによる透かし彫りを応用するという独自のもの。極めて現代的な感覚にあふれている。

しかし、見に行って作品を手に取るとあまりに軽いのでびっくりする。高度な技術を駆使した作品の完成度は高く、オランダと英国で宝石のデザイン賞を受賞している。その繊細なディーテイルは、若い人だけでなく、エレガントな宝石愛好家をも魅了する。(丸の内太郎)

日蘭通商400年
http://www.nihonoranda.jp/

ギャラリー・ドゥプワソン
http://www.deuxpoissons.com

コンテンポラリー・ジュエリー
http://www.ringmaker.co.jp/links/contemporaryjewelry.html

3月17日―さて、この日は何の日でしょう?
ヒントは、この日世界中のたくさんの街で、緑色のものを身につけた人々が、お祝いをしたりパレードをしたりします。3月17日は、聖パトリックの日。

聖パトリックとは、アイルランドの守護聖人のこと。5世紀にアイルランドを訪れ、異教だったアイルランドをキリスト教に改宗させたといわれ、彼の命日の3月17日は、アイルランドでは宗教的な祝日。希望、自然、そして春の訪れを意味する緑色のものを身につけて、人々はこの日を祝う。

首都ダブリンでは5日間に渡るフェスティバルが行われ、パレードやイベントが楽しめる。もちろんパブも普段より遅くまで開いている。本国だけでなく、アメリカやカナダをはじめ、世界中のさまざまな場所でセント・パトリックス・デーとしてこの日は祝われ、ニューヨークの盛大なパレードは特に有名。

ここ日本でも、3月15日(日)の東京・表参道ほか、全国9都市で3月中にパレードが予定されている。興味がある人はぜひ緑色を身につけて参加してみよう!(三つ葉のクローバー)

アイリッシュネットジャパンによるパレードのお知らせ
http://www.inj.or.jp/stpatrick.html

Tourism Ireland:
http://www.tourismireland.com/

在日アイルランド大使館:
http://www.embassy-avenue.jp/ireland/ireland/index.html

オーストリアの首都ウイーンの街中を車で走ると、すぐにドナウ川に出くわす。茶色っぽい深緑色の川面。ヨハン・シュトラウスのワルツ曲「美しき青きドナウ」から「青さ」をイメージしていたので、ちょっと面食らった。ただ、とうとうと流れる川からは、両岸の景観とあいまってあの優雅で軽やかなメロディーが流れてくるような心地よい錯覚にとらわれた。

その美しきドナウの流域にある4カ国と日本が外交関係を樹立してから、今年は切りのいい年に当たる。オーストリアとハンガリーとは140周年、ブルガリアとルーマニアとは50周年。「東欧」だったハンガリーはいったん関係が途絶えるが、再開して50年なのは後者の2国と一緒だ。そこで、日本外務省は今年を「日本・ドナウ交流年2009」と設定し、年間を通して数々のイベントを計画している。

イベントの先陣を切ったのは、1月から2月にかけハンガリー、ブルガリアの両国に加えてポーランドでも公演した和太鼓ユニット「ようそろ」。観客は地響きのように鳴り続く和太鼓に魅了され、各地のメディアが大きく取り上げた。このあと、能楽、人形浄瑠璃、琉球舞踊の公演のほか、浮世絵、日本建築、日本映画のデモンストレーション、囲碁大会、日本語弁論大会の開催も。

黒海に面したルーマニア、ブルガリアはともかく、他の内陸沿岸諸国とってドナウ川はまさに水運の大動脈。かつては諸国が経済的な命運を託していたばかりでなく、聖地に向かうキリスト教徒やイスラムとの戦いに向かう十字軍もここを通っている。重要なだけに、この国際河川の交通権をめぐって多くの戦いが繰り返された。美しき景観の裏にある険しかった過去を、どれだけの日本人が「交流年」を通じて理解できるのであろうか。(日暮らし)

日本・ドナウ交流年イベントカレンダー
http://www.ro.emb-japan.go.jp/stuff/jdanube2009_events.pdf#search=’ドナウ交流年’

個人の旅行記
http://home.earthlink.net/~sshinod526/

Visit Europe.com
http://www.visiteurope.com/ccm/where_to_go/region/detail/?nav_cat=2414033&item_url=%2FETC%2Fpan-european%2Fthe-danube.en&lang=ja_JP

バルセロナに行くと、そこかしこに彫刻家アントニオ・ガウディがデザインした遺作が見られる。アパート、邸宅、公園、そして教会と、いずれもカラフルで奇抜な曲線美の中に親しみを感じさせる造形。サグラダ・ファミリア教会建設に加わる外尾悦郎さんはそのガウディに魅せられた一人だ。

ガウディが晩年、精力を注いだ最高傑作がサグラダ教会。1883年から建造が始まり、いまだに完成していない。それどころかこの先、何十年、何百年かかるか分からない。欧州の大聖堂とはそれほど長期にわたって建造されるものだ。外尾さんはガウディの遺志を継いで今、この教会で彫刻を彫っている。

「自然に即した構造物を作る」というのがガウディの思想で、外尾さんも自然、人間と調和した造形を高く評価する。確かに、この町を訪問して「(ガウディがデザインした)グエル公園の長いすは、人がいったん座ると、気持ちよすぎて立つことを忘れる」と、ガイド氏から聞いた覚えがある。

外尾氏は福岡県出身、京都の美大彫刻科を出たあと、1978年に欧州へ。ふらっと寄ったバルセロナでサグラダに関心を持ち、試験を受けて専属彫刻家となった。ガウディがやり残した教会外側の「生誕の門」では天使像の制作を担当したが、その「門」は2000年に完成し、その後に世界遺産に登録されている。

「あと500年、建設が続いてほしい。500年後に完成したら、それまで(聖堂が壊されるような)戦争がなかったという証明にもなるから」と、外尾さんはあるインタビューに答えている。即席コーヒーのコマーシャルで有名なひげを生やした穏やかな顔は、遠い完成の日に思いをはせているようだ。(日暮らし)

J-Wave
http://www.j-wave.co.jp/original/futurelounge/f_topics/topics1231.html
個人ブログ「ケンチク者」
http://kissh.jugem.cc/?eid=186
あっと九州.com
http://www.atkyushu.com/interview_21.jsp

スペインの「サンティアゴ巡礼路」と、日本の「熊野古道」を紹介する写真展が東京の相田みつを美術館で開催されている。サンティアゴ巡礼路を日本の写真家が、熊野古道をスペインの写真家が、それぞれ撮影した。スペインのガリシア州と日本の和歌山県の「姉妹道」提携10周年を記念した観光PRの一環だ。

サンティアゴ巡礼路は、おもにフランス各地からピレネー山脈を越えて、スペイン北部を通過し、キリスト教の聖地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼路。世界遺産に登録され、世界中から多くの人がこの道を歩くために訪れている。観光としても巡礼路では絶景を味わえる。

日本からもチャレンジする人は多い。日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会では、サンティアゴ訪問の相談会開催や体験者のネットワーク作りなどの活動に取り組んでいる。また、JTBなど国内旅行会社では、巡礼路を30分だけ歩いてみる体験ツアーから数日間かけて巡るツアーまで様々なプランを企画している。中世の旅人の夢と祈りを体験するためにも、サンティアゴ巡礼の旅にぜひ挑戦してみたい。(一本道雄)

日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会
http://www.camino-de-santiago.jp/
北スペイン・遥かなるサンティアゴ巡礼路11日間(JTBグランドツアー)
http://www.jtb-grandtours.jp/tour/0323/0323_2.html
スペイン政府観光局
http://www.spain.info/jp/TourSpain
日西観光協会
http://www.travelinfospain.net/

今年は日本とポーランドの国交樹立90周年。伝統的な親日国だが、日本人はそのことをあまり知らない。何よりもポーランドを支配していた帝政ロシアを日露戦争で破った日本への好感度は今も脈々と続いている。

その日露戦争で、日本は捕虜となったロシア兵として戦ったポーランド人捕虜4600人を、松山で終戦まで手厚く待遇した。恩義を忘れないポーランド軍を率いていたユゼフ・ビウツキ将軍は、独立ポーランドの初代国家元首となった。

有名なのは、第2次世界大戦で“命のビザ”をユダヤ系ポーランド人に発給し続けた日本人外交官・杉原千畝氏。1940年、杉原氏が発給したビザでナチスの迫害を逃れたポーランド人は日本経由で米国へ脱出した。その数約6000人。

ところで、ポーランド観光は欧米人に人気が高いが、日本ではあまりツアーに組まれない。イメージの問題か、宣伝のせいなのか。でも、ポーランド国内での日本研究、日本語教育は盛んだ。1994年には浮世絵やマンガなどを紹介する「日本美術・技術センター」が旧都クラクフに設立されている。その通称は「マンガ・センター」。世界的な映画監督アンジェイ・ワイダ氏も、葛飾北斎など浮世絵の大ファンという。

2008年12月には、カチンスキ大統領が来日、国交樹立90周年の今年は数多くの要人来日が計画されている。広さは日本の五分の4程度。ポーランドとは「平原の国」という意味。1999年に北大西洋条約機構(NATO)、2004年にEUに加盟している。EU加盟の東欧諸国12カ国の中では最大の人口と経済規模を持つ。(丸の内太郎)

ポーランド
http://www.tokio.polemb.net/
http://www.poland.travel/ja/pot_front_page

ワイダ監督
http://www.oeff.jp/article1082.html

杉原千畝
http://www.youtube.com/watch?v=lllbzyeUa6Q

ある日、チェコ大使館を訪れた。その敷地、建物の大きさ、そしてレトロモダンな建築に圧倒される。1972年に完成したブルータリズム建築と呼ばれるコンクリート造りで、マグニチュード9.6まで耐えうるという。耐震性では類を見ない堅固さだ。併設するチェコ・センターでその建物について尋ねてみる。

raymond1設計はI・ロウダとI・スカーラだが、アントニン・レーモンドも計画に関わっている。調べてみると、レーモンドは、チェコ出身でプラハの工科大学で建築を学んだ後渡米、フランク・ロイド・ライトの事務所で仕事をするようになる。初来日は、帝国ホテルの建設の仕事でライトに同行した1919年。ホテル新館が完成し、ライトが帰国した後も、レーモンドは日本に残り、事務所を立ち上げる。

レーモンドは、個人宅、会社、学校、病院、教会といったあらゆる種類の建物を設計し、日本の近代建築に大きく貢献した。長野県軽井沢の聖ポール教会は、東欧風のたたずまいで、内部はユニークな構造となっている。

18年の滞日の後、太平洋戦争前に米国に戻ったが、戦後日本に戻り25年を過ごした。88年の生涯の約半分は日本に滞在した。(みかん)

チェコ大使館
http://www.mzv.eu/wwwo/default.asp?idj=25&amb=151

チェコセンター
http://www.czechcentres.cz/tokyo/novinky.asp

レーモンド設計事務所
http://www.raymondsekkei.co.jp/index.html

EUでも日本でも、経済を支える中小企業。技術や財産の継承が重要視されている。つまり後継者問題は、日・EUとも持続的成長のための重要な課題として浮上している。

日欧産業協力センターで、2月5日、EUと日本の中小企業事業の承継がどのように取り組まれているかを紹介するセミナーが行われた。駐日欧州委員会代表部参事官ジュリアン・ゲリエさんは「継承が遅れることで事業の価値が落ちてしまう」「事業を継承すれば5人の雇用が確保されるが、新規で事業を立ち上げるのは2人の雇用確保にとどまる」と事業承継の大切さを指摘した。EUでは今後10年をかけて継承問題解決に積極的に取り組んで行く。

中小企業基盤整備機構の大山雅巳さんは、日本の中小企業経営者の継承への準備不足を指摘、戦後スタートした中小企業が多い日本では、「継承」という初めての経験に直面しているところが多いという。

「日本とフランスの継承状況は似ています。フランス政府は継承問題について、決意を持って取り組んでいます」と、フランス経済・財務・雇用省のキャサリン・グラさんも発言。
「企業は、売るのではなくて、育てて引き継いでいくもの、という共通認識を日本とヨーロッパは持っている」(大山さん)とアピールしていた。(新人王)

中小企業基盤整備機構
http://www.smrj.go.jp/

中小企業ビジネス支援ネット
http://j-net21.smrj.go.jp/

金剛組(世界最古の会社)
http://www.kongogumi.co.jp/


自由で活発な発言を歓迎します。

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