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杉原千畝の人道主義、「十字架の丘」の影響か Lithuania’s Hill of Crosses: An Influence on Chiune Sugihara?

Posted on: 2009/02/06

大小さまざまな形の十字架が無数に地面に突き刺さって、一つの山を築いているところがリトアニア北部シャウレイにある。人は「十字架の丘」と呼ぶ。その中に足を踏み入れると、宗教的な感慨がいやがうえにも増して、この民族が背負った歴史の重み、悲しみ、そして祈りの深さがひしひしと迫ってくるという。

十字架の丘の発端はそもそもロシア帝政時代にさかのぼる。1831年、ニコライ1世の圧政に対し蜂起したこの民族は志を遂げられず、多くは処刑されたり、流刑に遭ったりした。彼らへの鎮魂、慰撫の意味から、最初に十字架が立てられた。

したがって、ロシアを引き継いだソ連は軍隊やKGBを動員して、目触りなこの山を何度も焼き払い、ブルドーザーで破壊した。しかし、その都度、夜陰に紛れて十字架は置かれ、そしてその数は増していったという。ドイツ、ロシアなど周辺強国の支配を絶えず受け続けてきた敬虔なカソリックの民のせめてもの抵抗心と矜持の表現方法だったのかも知れない。

第二次大戦中、リトアニア領事館にいた外交官、杉原千畝(ちうね)は、ナチスの迫害を逃れてこの地に脱出してきたユダヤ人難民約6000人のために、「命のビザ」ともいわれる日本通過ビザを書き続け、後年“東洋のシンドラー”と呼ばれた。実は、満州赴任時代に、白系ロシア人女性と最初の結婚をし、ロシア正教会で洗礼を受けている。十字架の重みをよく知っている人だった。

たぶん、杉原はリトアニア赴任後、十字架の丘も訪れたに相違ない。ドイツとの同盟関係からユダヤ人への便宜を図らないよう求める日本政府の訓令を無視して、ビザを書く人道主義に走ったのは、彼が十字架の山に触れて宗教的心情を募らせたから、と推理するのはあながち的外れでもないであろう。(日暮らし)

個人の方の旅行記

http://homepage1.nifty.com/~hasegawa/travelabroad/baltic/lithuania/lithuania.html

TBS「世界遺産」 ヴィルニュス歴史地区(リトアニア)
http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20000903/onair.html

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