こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

「100万本のバラ」の原曲は、ラトビア歴史の悲劇を歌った Japanese Tune Has Origins in Latvian Ballad

Posted on: 2009/03/19

貧しい画家が一目ぼれした女優のために、無数のバラを彼女のいる宿舎の窓の下に敷き詰めるという歌詞で、日本でも加藤登紀子が歌ってヒットした「100万本のバラ」。古いロシア民謡のように思われているが、実はそうではない。ラトビア人で、のちに同国の文化大臣にもなった音楽家ライモンド・パウルスがソ連統治時代に作曲したもの。もともとの歌詞も、画家やバラとは関係ない。ラトビアという国の悲劇の歴史と深くかかわった曲なのである。

原曲は、ラトビア人の愛国詩人レオン・ブリディスが書いた詩をベースにしており、「マーラが与えた人生」という題名が付いていた。「マーラ」とは、同国語で命や母性を表す女神の意味で、詞の中には「マーラは娘に生を与えたけど、幸せをあげ忘れた」「もう母はいないので、今は一人で生きていかなくてはならない」などという言葉が書かれている。

ラトビアは、小国ゆえに歴史的に近隣のスウェーデン、ポーランド、ロシア、ドイツなどに絶えず、侵略、蹂躙されてきた。独立の厚い思いを抱きながらも、多くの時間、それを享受することができなかった。ブリディスは、ラトビアの悲劇の歴史を「幸せをあげ忘れた」と表現し、これにパウルスが旧ソ連時代の1981年に曲を付け、女性歌手アイヤ・クレレがラトビア語で叙情豊かに歌った。

子守唄のように優しく歌いながら、実は、民族の自尊心とソ連への抵抗への思いが込められていたのだ。しかし、当時支配者だったロシア人は、原語のそんな意味も分からず、魅力的なメロディーだけを受け入れた。ボズネンスキーが作詞したロシア語の歌詞では、画家の悲恋をテーマにした「100万本のバラ」と変わり、アラ・ブガチョフというロシアの代表的シンガーの歌声で大ヒットした。

首都リーガの旧市街と新市街を隔てる掘割近くに自由記念碑がある。1935年に、独立を記念して建てられた高さ51mの塔。衛兵の交代式を見る民衆の顔には、今は独立を勝ち取ったという誇りと喜びが満ちあふれいる。(日暮らし)

http://byeryoza.com/topic/log2006/mara.htm
http://salon.stage007.com/header1019419/archive/27/0

Advertisements

自由で活発な発言を歓迎します。

ただし書き込みをする際には、以下の行為は禁じられております。
・差別的なコメント
・フォーラムを荒らすような行為
・スパムメッセージ

このフォーラムの内容は欧州連合としての見解を示したものではありません。

March 2009
M T W T F S S
« Feb   Apr »
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

Blog Stats

  • 281,241 hits
%d bloggers like this: