こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for April 9th, 2010

1813年―。この年は、オペラファンにとって忘れられない年だ。なぜなら、この年にイタリアオペラとドイツオペラのそれぞれの最高峰が誕生したからだ。イタリアのジョゼッペ・ベルディとドイツのリヒャルト・ワグナーである。ベルディは『椿姫』や『アイーダ』の、ワグナーは『トリスタンとイゾルデ』や『タンホイザー』の作曲家として有名だ。2人とも、世界中に熱狂的なファンがいる。

面白いのは、この二人の作風が極めて対照的なことだ。ベルディのオペラの特徴は、アリアにある。ベルディは、人間の歌声の美しさを引き出したいために、魅力的なアリアを数多く作曲した。恋の歌が多く、ベルディのアリアを歌うために、オペラ歌手たちは天性の歌声に磨きをかけた。

一方ワグナーは、歌手たちの個性に頼り、歌声の美しさを聴かせることを重視したベルディ風のアリアに対して、「情念の微妙な変化が表現できない」と嫌悪感を示した。ベルディがひたすら音の美しさを求めたのに対して、ワグナーは自分の世界観や哲学を伝えるためにオペラという形式を借りたようなところがある。その集大成が、演奏時間が15時間にも及ぶ『ニーベルングの指環』だろう。

私は二人のオペラに向かい合う時、これほどまでに異なる二つの個性が併存する形で脈々と息づいているヨーロッパオペラの幅広さ、豊饒さにいつも驚かされる。(ロニ蔵)

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その昔、仕事で山形市に暮らしていたときに、いきつけのスナックの名が「シャモニー」だった。若輩の私はその意味がよく理解できなかったので、マスターに聞くと、「あなたはスキーをしますか」と逆に質問された。後で知ったことだが、スキーの指導員資格を持つマスターにとって、シャモニーはあこがれのスキー場であったのだ。

 フランスのスイス国境に位置するシャモニーに実際に行ったのは、そのスナックに通っていたころから20年くらい経った夏の盛りだ。ジュネーブから数時間で到着した街は、あのマスターがあこがれた気持ちにたがわぬ、すばらしい高原のリゾート地で、訪問客はバカンス気分に満ち溢れていた。

 スキーシーズンでないときのシャモニーの“売り”は、標高3842メートルのエギーユ・デュ・ミディというアルプスの峰を目指すロープウエーの旅。街の真ん中にある標高1037メートルの乗り場から、まず2800メートルの中間地点プラン・デュ・レギュへ。最初は眼下にシャモニーのしゃれた街並みが見えていたかと思ったら、あっという間にその景色がかすんで、ガスの中に入っていく。

 ここで、ゴンドラを乗り換え、さらに高度を上げると、雲海を突きぬけ、青空の中に3000-4000メートル級のアルプスの山々が見えてきた。エギーユ・デュ・ミディの展望台では冷たい強風にさらされたが、眼前に迫るモンブランの山容にはただただ息を呑むしかなかった。

ただ、この景色の酔いは短時間で終わった。同行者の耳がロープウエーの急激な高度上げに耐え切れず、デフ状態になってしまったからだ。私自身も耳に違和感を覚えていた。一般的に、3000メートルの高低差を短時間に行き来するのは想像以上に過酷なことなのだろう。

スナックのマスターは、「シャモニーはあこがれの地で、行ったことはない」と聞いていたので、その魅力をいつか伝えたいと思っているが、その機会はない。(日暮らし)

http://www.geocities.jp/tabinosyasoukara/chamonix1.html

先日、蜷川幸雄氏演出の「ヘンリー六世」を観に行きました。上演時間は前編と後編あわせてなんと約7時間。それでも、もともと3部作で通常9時間かかるものが整理され、時間が短縮されたそうですが。

そんなに長い時間座り続けて、最後まで楽しめるだろうか、と思っていましたが、不思議なほど、時間の長さを感じませんでした。上川達也さんや大竹しのぶさんをはじめとするベテラン俳優の卓越した演技には圧倒的な迫力があり、物語が進むにつれどんどん引き込まれ、むしろ一部ごとの上演時間が短くなっていたように感じられました。

シェークスピア原作である「ヘンリー六世」の舞台は15世紀のイングランド。中世末期に起こった、英仏間の争いである百年戦争と、イングランドの貴族間の争いである薔薇戦争を背景にストーリーは繰り広げられます。イングランドの王ヘンリー五世が急死した後、生後わずか9カ月で即位するヘンリー六世。この王の時代に王位継承をめぐり、権力闘争が起こります。ここでは、裏切り、愛と権力、信仰心、権力に対する人間の執念深さや欲深さなど、人が持つ様々な複雑な感情が絡み合っています。

「ヘンリー六世」の作品の途中から登場するリチャードを主人公とするお話が「リチャード三世」で、ヘンリー六世の続編にあたりますが、「リチャード三世」でも、人間の争いと、人間らしい様々な感情が描かれます。この時代のイングランドの歴史は、明治維新前後の日本のように、激動の時代を生きる人々の行動に人間らしさ(または人間くささ)が凝縮されており、どの人に焦点をあてても、それはそれで一つの劇になってしまうような時代だったのです。

遠い国の、しかも歴史の話ですが、結局は同じ、人としての感情や行動が描かれている話なので深く入り込んで楽しめました。いつかイギリス人に、この作品についてどう思うのか直接聞いてみたい気持ちが高まると同時に、イングランドの歴史に対する興味もわいてきました。(パクチー)

彩の国さいたま芸術劇場「ヘンリー六世」公演情報
http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2010/p0311.html

個人の方のサイトに記されている「ヘンリー六世」のあらすじ
http://www.geocities.jp/todok_tosen/shake/h6.html

先日足を運んだピアノ・リサイタル「午後5時のお茶会」で、また「あの曲」とめぐり合いました。クロード・ドビュッシー(1862年~1918年)作曲、ピアノ独奏曲「喜びの島」。この曲を初めて聴いた時、喜びで飛びはねるような躍動感、高音でリズミカル、それでいて難しいピアノの技巧を駆使するような演奏が強く印象に残りましたが、今回もその激しさを再び感じることになりました。

もともと「喜びの島」は、ルーブル美術館に所蔵されている、ロココ美術の画家ジャン・アントワーヌ・ヴァトーの作品「シテール島への巡礼」に、ドビュッシーが感動して作曲したと言われています。ドビュッシーの豊かな感受性、インスピレーションの高さに敬服します。

実生活におけるドビュッシーの女性遍歴は派手だったといわれています。二度目の妻となるエマ・バルダック夫人と婚前旅行したのがイギリス・ジャージー島で、喜びに満ちたここでの愛の生活が「喜びの島」には描かれている、という説もあります。

当時43歳という中年の域に達したドビュッシーが激しい愛の感情をメロディーに込めたと想像すると、また一段と曲に妖艶さが増すような気がしますが。

ちなみにこの曲は大ヒット漫画『のだめカンタービレ』でも登場し、マラドーナ・ピアノコンクール第3次予選で、のだめが演奏しています。(モコちゃん)

ドビュッシーの部屋
http://www.sky.sannet.ne.jp/nomura3/debussy.html


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