こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

ポンペイの遺跡 The Ruins of Pompeii

Posted on: 2010/05/06

ナポリ近郊にある世界文化遺産 ポンペイは、BC6世紀からAC1世紀まで存在したローマ人の別荘地だった。79年8月24日から3日間のヴェスビオス火山の噴火によって7メートルの火山灰が町を埋め尽くし、人口2万人のうち、2千人が死亡し、町も崩壊した。現在では、全体の3分の2にあたる44ヘクタールが発掘されている。

BC6世紀は、日本では縄文時代に当たる。その当時、ポンペイでは、現代とそん色ない豊かで文化的な生活が営まれ、遺産はその面影を色濃く残していた。

フォロと呼ばれる中央広場では、市役所、裁判所、外国貨幣との両替所、食べ物やウールの市場などの主要活動が展開されていた。フォロにつながるメインストリートがあり、公衆浴場、居酒屋、パン屋など日常生活の様子を垣間見ることができる。水道管や井戸、お店の引き戸跡、浴槽なども残っていて、人々の生活が浮かび上がってくるような気がする。柱にはカメオの彫刻、市場のフレスコ画に残されていた販売物の絵、月明かりで夜道を照らすための柱、パン屋で使っていた石の焼き窯はナポリのピザ用焼き窯の発祥でもあり、ポンペイの町は機能性と文化性を併せ持っていた。

ヴェスビオ火山が、最後に噴火したのは1944年。これまで噴火の度に近郊に被害をもたらしている。登山電車が開通したときにCMソングとして作られた「フニクリ・フニクラ」は、日本でも聞き覚えがあるはず。2千数百年の時を繋いで、今とつながるこの世界遺産から人間の暮らしを見直してみるのも良いかもしれない。(くるみ)

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