こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for September 2010

2010年は、国連が定めた国際生物多様性年。10月に国際会議(COP10)が名古屋で開かれることもあり、国内外の各メディアでこのテーマが盛り上がりを見せている。9月上旬には、日・EU環境ハイレベル協議が開催されるなど、COP10に向けた準備も進んでいる。

生物多様性といっても、都会に住んでいると個人レベルではいまいちピンとこない。いるのは人間とペットぐらいだからだ。夏休みを利用して、自然の中にでかけたり、動物園や水族館に足を運んだりしてみよう。私たちの住む地球には、こんなにも多くの生物が生息しているのかと驚かされる。

そして、それぞれの生態が他の生物の生態に影響を与えあっている。私たちは、人類が他の生物に与えている影響、そして生物多様性が失われることによる人類への影響についてどれだけ理解しているのだろうか。

数々の関連キャンペーンを通じて、もっと自分の身の回り以外のところにも注意を向けてみたい。そして個人で、地域で、国レベルで、国際社会全体でできることについて考える機会としたい。(みかん)

カール・ファルケンベルク欧州委員会環境総局の来日と関連セミナーのお知らせ
http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/media/news/2010/100901c.html

欧州委員会の環境総局によるキャンペーン・ビデオ
http://ec.europa.eu/environment/biodiversity/campaign/index_en.htm

欧州の絶滅の危機に瀕している種のリスト
http://ec.europa.eu/environment/nature/conservation/species/redlist/

国連生物多様性年ウェブサイト
http://www.cbd.int/2010/welcome/

2010年の夏、EU Studies Institute in Tokyo (EUSI:一橋大学、慶應義塾大学、津田塾大学の三大学によるコンソーシアムで、EUに関する教育、研究、アウトリーチ活動の中核を担う組織)は、ベルギーのルーヴァン・カトリック大学と共にサマースクール(Euro-Asia Summer School)を開校しました。全2週間の日程で、8月23日~28日は日本で、8月30日~9月3日はベルギーで開催。日本から11名、欧州から4名、韓国から9名の、計24名の学生が参加しました。昨年にスペインと韓国で開校されたことに続き第2回目、今年のテーマは「East-Asia and The European Union in Global Governance: Comparative Perspective」です。

世界的金融危機に見られたように、世界とアジアの相互依存の関係性を考えなければいけないというEUSI副所長・一橋大学商学研究科長、小川英治教授の挨拶に始まり、EUSI所長・田中俊郎慶應義塾大学教授は講義の冒頭、EUが歴史的に重視してきた人的交流の重要性を強調し、東アジアは地域間での学生交流が少ないだけでなく、EUと東アジア間の交流も少なく、今回のサマースクールも青少年交流の機会として利用して欲しいことを強調されました。講義は「The EU through the Eyes of Asia」を中心に進められ、日本におけるEUに対する認識が低いなどの問題点が指摘されましたが、ユーロだけでなく、日本がEUの環境政策を見本にしたいという意識の高さも紹介されました。

参加した学生たちは、東アジアとEUにおけるグローバルガバナンスの比較を考察し、キャンパスの外では日本では外務省や国会その他、ベルギーでは欧州委員会や欧州議会などのEU機関等を訪れます。このサマースクールが、EUとアジア間の対話と人的交流を進める一つのきっかけになることを期待したいものです。(くるみ)

EUSIのHP
http://eusi.jp/

Tags:

日本では残暑が続いていますが、この時期、フィンランドでは、長い夜が続く夏が終わりに近づき、すでにオーロラが見える時期が始まっています。

神秘的な美しさを持つオーロラに出会えるのは、晴れの夜。基本的には、星が肉眼で見えるくらい晴れたら、オーロラに遭遇できるそう。とはいってもいつでも見られるわけではありません。なぜなら夜晴れる日はそう多くはなく、1週間のうち平均2日。オーロラがいつ出現するかを予想するのはなかなか難しいのですが、こればかりは自然のことなのでどうすることもできません。オーロラに出会うために旅行者ができることは、可能な限り滞在日数を長くすることかもしれません。

フィンランドでオーロラが見られる街としては、ルオスト、ピュハ、サーリセルカ、イナリ、レヴィ、ユッラス、ムオニオ、ケミ、クーサモなどが挙げられます。これらのオーロラリゾートでは、夜のオーロラ観察以外に、昼間は様々なスノーアクティビティーが楽しめます。例えば、パラセーリング、犬ぞり、トナカイぞりなど、日本ではなかなか体験できないような北欧ならではの遊びを体験することができます。

オーロラが見られる時期は長く、9月頃から翌年3月頃までです。日本から一番近いヨーロッパ、フィンランドでオーロラに出会う旅にでてみてはいかがでしょうか。(パクチー)

イギリスの陶芸家、ハンス・コパー(1920-1981)の回顧展を観てきた。
何と言ったらいいのか、言葉を失うほどに、いろいろなことを考えさせられる展覧会だった。コパーは、彼の陶芸作品について書いた文章を死の直前にすべて燃やしてしまうように伝言を残してこの世を去った。おそらく言葉で表現できない何か、それも陶芸でしか表現できない何かだけを残したいという強い意思があったからだろう。

Estate of the Artist

彼の作り出した陶器のテクスチャーをじっと眺めているだけで、幸せな気分になってくる。眺めているだけで、思わず手にとってその感触を確かめてみたくなるのだ。それは茶道に使う器に通じるぬくもりが感じられるからだろう。宇宙人が作ったオブジェのようでいて、でもどこかで陶芸としての太古の姿を感じさせるのは、そんな土のもつ温かみのせいに違いない。

「私の関心は、実験や探検にあるのではなく、本質を引き出すことにある」。
これは、コパーが残した数少ない言葉の一つだ。コパーの活躍した1960年代の陶芸界は、アヴァンギャルドの作品が一世を風靡した時代だった。しかしコパーは自分の無意識の奥底に潜む形を求め、余分なものを極限までそぎ落とし、静謐で簡素な作品を作り続けた。

Jane Coper

1920年ドイツに生まれたコパーは、父親がユダヤ人だったため、ナチスの迫害を逃れロンドンに亡命した。ロンドンに来てまもなく敵国人として逮捕されるなど辛酸をなめた後、1946年にオーストリアから同じようにナチスの脅威を逃れてやってきた女性陶芸家ルーシー・リー(1902-1995)の工房で働くようになった。美術の素養のあったコパーは、彼女のもとで頭角を現し、独自の作品を創作するようになった。独立してルーシーと別々の道を歩むことになったが、二人の親密な関係は生涯続くことになった。それはすぐれて精神的な関係だったという。

そして今年この二人が東京で出会うことになった!
パナソニック電工 汐留ミュージアム(6月26日〜9月5日「ハンス・コパー展」)と、国立新美術館(8月7日〜9月26日「ルーシー・リー展」)だ。それぞれのキューレーターが連絡を取り合ったというわけではなく、偶然に開催時期が重なったという。真夏の東京で二人はどんな言葉を交わしたのだろうか?(ロニ蔵)

パナソニック電工 汐留ミュージアム
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/10/100626/index.html

国立新美術館
http://www.lucie-rie.jp/index.html

先日、美術館で印象派の絵画を観た帰り、以前からほしいと思っていた絵画をついに買ってしまいました。ルノワールの『ピアノに向かう二人の若い娘』です(もちろん複写版)。

ピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir 1841年~1919年)の作品の中でもよく知られている作品で、二人の少女が楽しそうにピアノの楽譜を読んでいる場面が描かれいて、観ていると、少女たちの笑い声やピアノの旋律まで聞こえてきそうです。

この作品に限りませんが、ルノワールの絵の特徴の一つとして挙げられのが、とても幸せそうな雰囲気が描かれていること。海辺で遊ぶ子供たち、舞踏会で踊る男女、部屋に座って話をする母と娘達・・・どれも何気ない生活のある一場面ですが、柔らかい筆致と色合いで、優しく微笑んでいる人物が描かれていて、その場面のまわりを過ぎていくゆったりとした温かい時間の流れが感じられます。

ルノワールは、当時の多くの画家同様、若い頃は裕福ではなく、友人の家に居候をしながら描き続けていたそうですし、50代後半からはリウマチに苦しんだそうです。彼のその時々の状況がどうであったにせよ、それでも彼が絵に表現したのは、普通の生活の中にある幸せの一場面。作品を観ていると、作家の人生に対する希望や憧れ、そして「それでも人生は美しい」という気持ちが伝わってくる気がします。(パクチー)

1999年にポルトガルから中国に返還され、人口の95%は中国人であっても、マカオにはポルトガルの歴史的な文化が残る。かつて、ポルトガル船がマカオを目指した灯台がマカオで一番高い山・ギア山(91メートル)にあって、その山には教会も建てられている。政府関連の建物は欧風建築で、マカオでは欧州と中国両方の祝日が休みなのだからちょっとうらやましい。

聖ポール主天大聖堂のそばには、道教のナーチャ廟があって、かつて戦争から守るために町に張り巡らされていた城壁(ワラや貝殻が埋め込まれている)の一部が残る。至近距離に二つの宗教寺院が存在するのが珍しくもあり、世界遺産に指定されている。ポルトガル人、中国人、日本人によって建てられた聖ポール主天大聖堂にはイエズス会の紋章とザビエル像があった。かつての漁村・コロアネ島にはフランシスコ・ザビエル教会がある。ザビエルはマカオから日本にキリスト教普及のために派遣されてきたのだ。

マカオで一番大きな広場・セナド広場近くには、ポルトガルの本やアート、カードを売っているお店が佇んでいて、ポルトガルのお菓子が食べられる古いカフェがあった。マカオにあるポルトガルとの融合文化に触れると、また違った息づかいの文化を感じた。(くるみ)

ココ・シャネルが生きていたら、この写真展がシャネルのビルで開催されたことを喜んだのではないだろうか。マルティーヌ・フランクはベルギー生まれ、スペインやフランスで勉強し、1960年代から写真を撮り始めた。フォトジャーナリスト集団マグナムの正会員で、その創設者であるアンリ・カルティエ=ブレッソン夫人でもあると知り、興味を持った。

今回の写真展は、「女性賛美」というテーマで彼女自らが選んだ写真の数々。フランスの有名女優のポートレートもあれば、不法移民や労働者、ルーマニアやコーカサスで撮影したものもある。彼女の写真家としてのバイタリティとともに、被写体の表情からは、彼女達の生き方をも興味を持って見つめていることが感じられる。

写真というのは、一瞬を捉えただけなのに、なんと多くのことが伝わるのだろう。働く女性であればその誇りや責任感、母親であれば子どもへの愛情。そして彼女たちの美しさ。写真の横に書かれている、フランクの写真に対する思いを読むのも興味深かった。(みかん)

In Celebration on Women
麗しき女性たち ―マルティーヌ・フランク写真展
2010年8月26日(木)-9月14日(火) 東京銀座・シャネルネクサスホール
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2010/martine/index.html

この写真展をもとにした写真集「Women/Femmes」
http://www.steidlville.com/books/1108-Women-Femmes.html

マルティーヌ・フランクのその他の作品はマグナムフォトのウェブページからも閲覧できます
http://www.magnumphotos.com/Archive/C.aspx?VP=XSpecific_MAG.PhotographerDetail_VPage&l1=0&pid=2K7O3R14HDL9&nm=Martine Franck


自由で活発な発言を歓迎します。

ただし書き込みをする際には、以下の行為は禁じられております。
・差別的なコメント
・フォーラムを荒らすような行為
・スパムメッセージ

このフォーラムの内容は欧州連合としての見解を示したものではありません。

September 2010
M T W T F S S
« Aug   Oct »
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

Blog Stats

  • 271,050 hits

Top Clicks