こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for November 2010

2010年11月11日、東京・六本木のラウンジスペース57で、ヨーロッパ数カ国出身のミュージシャンによるライブが行われた。これは、11月8-14日のJapan Music Weekの一環。

駐日EU代表部が、若者向けウェブサイトEUサークル.jpへの参加者や読者を招待し、約100人が集まった。交流の場は、7月に開催されたオフ会以来のこと。常連の協力者が友達を連れてきたり、新たな参加者も顔を見せ、サークルの輪が広がるよい機会となった。

DJやVJが合間に入りながら、ソファが周りに並んだこじんまりとしたライブ空間は、スペインからやって来たシンガーソングライターの歌が始まると、そこはヨーロッパの地元クラブで行われるライブを聴きにきたような雰囲気に。フランス人演奏家によるアコースティック・ギターも、カフェにいるような距離感が心地よい。ヨーロッパ育ちの日本人シンガーAMIさんは、ドイツ語、フランス語など数カ国語で歌を披露した。(みかん)

Japan Music Week http://www.japanmusicweek.com/

EU Nite http://www.japanmusicweek.com/eu/

EUサークル.jp http://www.eucircle.jp/

ビデオでAMIさんの歌が聴けます。その他出演者ウェブサイトへのリンクも。
会場の写真はFacebookファンページから
http://www.facebook.com/pages/EUcirclejp/144968998860222?v=box_3#!/pages/EUcirclejp/144968998860222

57 http://www.fiftyseven.co.jp/home-jp.html

「ソクラテス計画(教育)」、「レオナルド・ダ・ヴィンチ計画(職業訓練)」、「ラファエロ計画(文化遺産保護)」など、欧州連合(EU)の実施するプログラムには、ヨーロッパを代表する知識人の名前が冠されている場合がある。「ソクラテス計画」の中にある「エラスムス計画」も、そんなプログラムの一つだ。

この計画は、EUのメンバー国の高等教育機関に学ぶ学生を他のメンバー国にある高等教育機関に派遣し単位取得を認める交換留学制度で、これまで20年以上にわたり学生や教員たちが交流する機会を与えてきた。さらに欧州以外の地域の学生にEUで学ぶ機会を提供する「エラスムス・ムンドゥス」計画もある。ムンドゥス(Mundus)は、世界とか宇宙とかいう意味だから、世界中を舞台に学生や教員の交流を図ろうというものだ。

こうした計画名の由来となったエラスムスとは、15世紀から16世紀に活躍したオランダの人文学者。欧州各地を歴訪して研究を続け、トマス・モアやヘンリー8世など当時の知識人たちとの交流を図り、幅広い知的ネットワークを築いたことで有名だ。このネーミングには、そんな現代のエスラムスを一人でも増やしたいという願いが込められているに違いない。

エラスムスは、神学関係の古典の校訂や注釈に情熱を傾け、ギリシア語の新訳聖書の校訂本を世界で初めて出版したことで知られる。執筆活動も精力的に行い、『格言集』や『痴愚神礼賛』など多数の名著を著した。特にトマス・モアの家で書かれた『痴愚神礼讃』はユニークな書で、賛否両論を巻き起こし、当時の言論界で大いに話題になったようだ。これは、人間を愚か者の集団として捉える「痴愚神」という女神が語り手で、当時の権威をこき下ろす辛辣な諷刺の書だ。現代なら間違いなくベストセラーになっただろうが、神学関係のお堅い学者がこのような書物を出版しようと思ったこと自体が画期的だ。

「どこをみても、キリスト教徒の日常生活は、馬鹿げたことで満たされております」と痴愚神は言う。「このようなことによってお金が儲かることをよく知っている聖職者たちは、彼らがそのような馬鹿げたことをするのを黙認するどころか、それを助長してさえいるのです」。当時、こうした痴愚の女神の言い分に拍手喝さいを送った人も多かったのではないだろうか?

エラスムスは晩年、マルチン・ルターと教会のあり方について論争をすることになるが、人文主義者の立場から世界平和への道を説くという姿勢は生涯変わらなかった。「エラスムス計画」によって、人類の痴愚さを排し、世界に豊かさをもたらす21世紀のエラスラムたちが数多く生まれることを期待したい。(ロニ蔵)

イタリア商工会議所が、新しい試みを始めた。これまでは、日本企業対イタリア企業の通商関係の促進が主な活動であったが、今回、一般消費者向けにイタリア企業や商品を知ってもらうためのイベントを企画したのだ。

その名はV.I.V.I。Viva Italia, Vivi Italia!の頭文字を取ったもので、「イタリア万歳、イタリア体験!」という意味だそうだ。食品・ワインから、骨董品まで、取扱各社から直接話を聞きながら、商品を手にとって見ることができる。場所も、有楽町駅から銀座方面に向かう人通りの多いところにあり、買い物客が足を止めるにはちょうどよい。

今回の試みがうまくいけば、今後も継続してイタリア企業や製品を紹介していきたいと主催者。すでに、日本にはイタリア製品が溢れているが、使い方や組み合わせ方も含めて、イタリアを紹介していきたいとのことだ。開催日2日間は寒空のマーケットとなったが、来年2011年の日本におけるイタリア年に向けて、主催者の意気込みは熱い。2011年はイタリア統一150周年で、さまざまな催しが予定されている。

(みかん、写真も)

在日イタリア商工会議所 http://www.iccj.or.jp/index.php

V.I.V.I http://www.iccj.or.jp/ueventdisplay.php?eventid=431

11月上旬、駐日リトアニア大使館と出版・デザイン会社グループamuとの共催で、3つのワークショップが東京・恵比寿で開催された。

食卓の上に並ぶご馳走(写真)。思わず手を伸ばしたくなるような色とりどりのリトアニアの食事や日本食など。これらはすべてフェルトアート。女性アートユニット「Baltos kandys(白い蛾)」の作品。ワークショップの中で彼らは、フェルトの作り方と、それを使って現代アートにする際の技法について説明した。参加者は、デザイナーもいれば家族連れも。各々のフェルトアートが出来上がった後で、曼荼羅のように並べて感想を語りあった。日常を忘れて没頭し、リラックスした時間になったようだ。

リトアニア料理についてワークショップを行ったのは料理研究家のユラーテ・ラシエネ(Jurate Lasiene)さん。牛肉や豚肉を乾燥マッシュルームと調理してパンに詰める田舎料理など、日本の家庭でも作れるレシピを紹介。ユラーテさんは、リトアニアの主食である黒パンが、農民の苦労や努力を象徴するものとして、リトアニアの昔話にもよく登場すると話し、さらに、パンを入れて作るスープやギラと呼ばれる飲料も紹介した。

そしてもう一つは、女性コーラスグループ「Trys keturiose(三人四声)」によるワークショップと今年11月にUNESCO無形文化遺産に登録された古典歌唱「スタルティネス」のコンサート。リトアニアで合唱は長い伝統と人気を持ち、今日でも毎年盛大な合唱祭が催されている。ビデオアートを上映しながら、歌が儀式的な意味を持つことや衣装の生地であるリネンを通して、リトアニア人の生涯や農民文化を説明した。参加者は歌声の中で聖なる雰囲気に包まれた。

同様の料理・フェルトワークショップや展示イベントは、北海道旭川市近郊の東神楽町、東川町や旭川ESTAでも開催。アーティストたちによる中学校訪問など町民との交流も行われ、これらの町でも将来の日リトアニア交流が深まることを予感させる企画となった。

*スタルティネス(リトアニア語sutarti(スタルティ)、「調和した、一致し
た」の意)はリトアニア北東部の女性達により歌い継がれる多声合唱法のひとつ
で、2から5声部に分かれ、重要な主部と臨時語を含んだ反復部の二部構成によ
り成り立っている。スタルティネスには40ほどの種類があり、多くの場合2人
の歌い手が平行して歌い、3人が厳格カノンを受け持つ。また、2つのグループ
に分かれ、各グループのメインシンガーが主部を歌う間、もう1人が反復部を次
のグループが歌い出すまで歌う、というスタイルもあり、いずれも厳格なイン
ターバルを含んで構成される。詩的な歌詞は労働、カレンダー儀式、結婚、家
族、戦争、歴史、そして日常の暮らしなど、さまざまなテーマからなり、振り付
けはごくシンプルかつ動きの少ないもので、輪になって腕を組んだり、星型に
なったりしながら足踏みをするといったものである。スタルティネスはミサや祭
り、コンサートや集会などで歌われ、文化的価値を共有し文化的アイデンティ
ティや継続性の認識、そして自尊心を生む役割を果たした。通常女性により歌わ
れるスタルティネスであるが、男性によってパンパイプやホルン、トランペッ
ト、フルートやシタールなどの楽器を用いたインストゥルメンタルバージョンも
演奏されている。

駐日リトアニア大使館   http://jp.mfa.lt/index.php?75243215

amu   http://www.a-m-u.jp/

「Sharing. リトアニアへの旅」 http://www.a-m-u.jp/event/2010/11/lietuvos.html

オンラインショップ「シェフ・ドゥ・シャトー」では、リトアニアに伝わるお菓子やパンを購入できます。    http://www.chefduchateau.com/

世界中の図書館にある書籍をすべてスキャンしてデータベース化しようという「電子図書館構想」の試みがグーグルなどを中心に進められているが、こうした話を聞くと思い出す町がある。イングランドとウェールズの境にある「ヘイ・オン・ワイ」という英国の田舎町だ。ロンドンから電車で3時間、さらにバスで1時間あまりの辺鄙な町だが、ここには古書を求めて年間500万人の本好きが訪れるという。商店街の半分以上、40軒近くが古書店という変わった町で、古城も映画館も消防署も協会も古書店に衣替えをしているというから驚きだ。所蔵の書籍総数は100万冊を超えるが、「ボクシング」や「ミステリー」、「鉄道」、「シネマ」、といった具合に各書店が専門化して棲み分けを図っている。自然に恵まれたこの町で、のんびりと古書巡りの旅をするというのもなかなか乙なものだ。都会の古書街では決して味わえない贅沢な時間を過ごせるに違いない。

この町の歴史がなかなか興味深い。

ヘイ・オン・ワイは、1950年代にロンドンからの単線鉄道が廃線になったため、過疎の山村になってしまった。そこで登場するのが、オックスフォード大学で歴史学を学んだリチャード・ブース青年だ。まず1960年代のはじめに消防署の跡地を改装して古書店を開業。「この村に本を読む人なんていないよ。すぐに潰れるさ」という陰口などどこふく風で、町の至るところを古本で埋め尽くす「野望」を抱いて、最初は通信販売などでスタートした。そしてじょじょに外部の古書店を誘致するなどして、本好きの評判を集めるようになった。こうなってくると、この町の魅力に魅かれてやってくる旅行者たちのためのB&B(宿屋)やレストラン、アンティークショップなども建ち始め、いつしか「本の王国」として世界中に知られるようになった。

仕掛け人のブースの方は、古書店の放漫経営から何度も破産宣告を受けるなどいろいろと問題もあったらしいが、ヘイ・オン・ワイはイギリスで最も成功した町おこしの例として全世界の注目を集めている。日本でもこの町を参考にしながら、「本の町」を呼びものにして観光客を集めるブックツーリズムの動きが、長野県伊那市の高遠町などで盛んになっている。電子書籍もいいが、本好きとしてはこのような町づくりがグローバルに広がってほしいものだ。(ロニ蔵)

Ribbon Coat Rack

ヘッドスプラング(HeadSprung) (動)その時に完全に熱中し、引き込まれる、(名)突然の着想または素晴らしいアイデア、名案、明快になった瞬間

上は、英国のデザイン会社ヘッドスプラング社によるヘッドスプラングの定義だ。社長兼デザイナーのヘマル・パテル氏に話を聞くと、彼のひらめきはヘッドスプラングな瞬間に起こるらしい。それはトイレとかシャワーの中とか、頭の中に何も入っていない状態で起こるのだそうだ。

リボンがひらめいているのを見て、きれいだなぁ、と思っただけでなく、それをコート掛けにしてしまう。それは機能がありながら、何もかかっていなければ壁のオブジェになる。機能を持ったアート。

全ての商品は手作りのため、少しずつ形が異なるところもまた、大量生産はしないアーティストのなせる業。機能を持ったものをもっとよく見せたいと、自然に湧き出る感情を大切にしているそうだ。コート掛けに美しいと思った形を取り入れたように、実用に新しい解釈を加えることでユニークなデザインが生まれている。

Ooob

ドアストップとしても、ブックエンドとしても(またはオブジェとしても)使えるOoobは、2008年の英国グランドデザイン賞を受賞している。日本でのポテンシャルがある企業として、今年、European designに出展した企業40社の1社に選ばれた。(みかん)

     
European Design
http://www.europeandesign.jp/ (参加ブランドのカタログを見ることができます)

http://www.headsprung.co.uk/home.html

家宝と呼べるものは殆どないけれど、何か一つ挙げろと言われたら、迷いなく、「JULIAN(フリアン)」と答える。JULIANは、スペイン旅行をした時に買ってきたお土産だ。東京でいうと、伊東屋みたいな感じのお洒落な文房具店で出会って、なんとしても家に連れて帰りたくなった。おそらく犬の置物なのだろうが、眺めているだけで顔が綻んでしまうような「なごみ」感があって、一目惚れしてしまった。
高さは25cmで、重さは3.4kg。旅行中持ち運べないこともないが、買ったショップのすぐ近くの郵便局から船便で送ることにした。郵便局で、「これは何だ!」とかいろいろと押し問答があった末に、無事日本へ旅立ってもらった。

 旅行からしばらくして家に届き、写真集や画集を収納しているブックシェルの一区画をJULIANの居間に決めて、そこで暮らしてもらうことにした。JULIANがわが家の一員になってからだいぶ経ってから、たまたま本屋で『100 AÑOS CON』という作品集を見つけた。スペインの現代アート界を代表するハビエル・マリスカルの作品を集めた本で、これまで発表したイラストや彫刻、インテリアデザインなどが載っていた。彼は1992年のバルセロナ・オリンピックのマスコット、コビー君の生みの親としても有名だ。パラパラとページを繰っていると、なんとそこにJULIANがいたのだ!

 僕はこの本によって、JULIANがバルセロナのVinçcon(おそらく最初にJULIANに出会った文房具店だろう)というショップのために1986年に制作されたことを知った。そこにはJULIANが入っていた箱に描かれていたマリスカルのイラストも載っていた。それらのイラストには、一つは「本立て」として、もう一つは「おしゃべりの聞き役」として使えるというキャプションが付いていた。わが家ではもっぱら後者のミッションのために、JULIANにお付き合いいただいているのは言うまでもない。 (ロニ蔵)

第22回東京国際映画祭で三冠を受賞したブルガリア映画「ソフィアの夜明け」。年間の映画製作本数が7、8本と言われるブルガリアにおいて、新人監督カメン・カレフのデビュー作にして話題作だ。

主人公イツォがアルコールとドラッグ依存で、人生になげやりになりながらも、自分の心の中と社会に居場所を求めている。弟はギャングに加担していて、とあるきっかけで襲ったトルコ人一家をイツォが助けることから、弟と真に心を通わせて話し合うことができるようになるのだ。また、その事件で、トルコ人の娘ウシュルと出会い、彼女を通して明日を追い求めていく。”輝き”を意味するウシュルの名前だが、彼女の透明感が果たす役割は大きい。スクリーンで見ることが稀な現代ブルガリアを舞台に、青春の感覚と、安定を求める社会情勢が交差する。

イツォ役のフリスト・フリストフが撮影終了間際に不慮の事故で他界した悲劇を乗り越えて完成した作品。日常を切り取ったようなドラマ感と、カルチャーを感じとれる映像が心に残る感覚を与えてくれる。(くるみ)

http://www.eiganokuni.com/sofia/index2.html

死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮

アイルランドを代表する現代美術作家、リチャード・ゴーマンの作品展を観ていると、ふと松尾芭蕉の一句が思い浮かんできた。

この句の解釈を簡単に言うと、「行き倒れになる覚悟で旅に出たが、晩秋の今日は知人の家に着いてうたた寝をしている」ということになる。『野ざらし紀行』に収められた句で、大垣の知人宅で詠んでいる。
抽象画と俳句の取り合わせというと奇をてらったという風に思われるかもしれないけれど、この句が実際に浮かんできてしまったのだから仕方がない。

三鷹市美術ギャラリーで、9月11日から10月24日まで開催されている「リチャード・ゴーマンⅡ」展には、日本初公開の65点の作品が展示されていた。シンプルな形をアースカラーで塗り込めた作品群は、ポップな印象を与えるとともに、インナースペースを覗きこんだような、不思議な静謐感に満ちていた。絵を観るというよりも音楽を聴くような展覧会だと言えば、一番しっくりくるかもしれない。特に和紙に木版印刷された作品を観ていると、枯淡の境地を感じさせるような深い味わいがあって、その前から離れられなくなってしまった。

1990年代からリチャード・ゴーマンの活動を追いかけてきた同ギャラリーの浅倉祐一朗副館長によると、1999年に開催された個展に比べると作品が大きく変容しているという。10年以上前の作品は同じ抽象画でも観る者に訴えかけるような作品が多かったが、今回は、「おかしみ」とか「悲哀(ペーソス)」を感じさせ、作品の向こう側へといざなうような作品が多数を占めるようになったそうだ。専門家の前で俳句の話など出来なかったが、説明を聞いていて、あながち的外れな連想ではなかったかもしれないと思った。

1946年にダブリンに生まれたリチャード・ゴーマンは、トリニティ・カレッジで経営学を学び、自動車業界に就職した。しかし画家への夢が断ちがたく、30歳にして美術大学に入り直し、アーティストを目指した。1986年に来日して以来、福井県今立町(現在、越前市)で和紙を漉いたり、京都で作品を制作したりするなど、20回以上も訪日している親日家だ。現在は、ダブリンとミラノのアトリエで制作活動を行っている。彼の旅はこれからも続く…。(ロニ蔵)

三鷹市美術ギャラリー
http://mitaka.jpn.org/ticket/gallery/

先日、ノーベル化学賞の受賞が決まった根岸英一教授、鈴木章教授は、記者会見で「若者は海外に出よ」「若い人もがんばれ」 と呼びかけた。日本人研究者が海外に行きたがらなくなっていることは、最近よく耳にする話だ。

そんな折、「知識源のグローバル競争における日独戦略的パートナー 協力進化の展望と可能性」と題して、日独の産学界から代表者を招いて東京で開催されたパネルディスカッションを傍聴した。

技術力や品質の高さへの追求など、共通する強みを生かし、日独が連携して研究を進めていくことが期待されている。そのためにはどのように目標を定め、進めていけばよいのだろうか。

パネリストのひとり、東京大学の濱田純一総長は、安定した時代は、経験豊かな教授の指導の下で若い研究者が学んでいくのが学問の世界では主流であったが、この時代には、変化に柔軟に対応できる若い人たちに活躍の機会を与えていくべきである、と発言。

日本学術振興会の小野元之理事長も、早急な研究成果を求めがちなトップダウンの支援ではなく、蒔いた種の中から将来性のある芽が出そうな研究を見抜き、若手研究者のイノベーションが製品化まで結びつくようなボトムアップ式支援の重要性を強調した。

ドイツでは既に、例えば製薬企業が実際に医薬品開発に学生を参加させて、製品化に役立てる試みがあるそうだ。高齢化社会など両国が取り組む課題について、文化の違いも研究チームでうまく生かしつつ、産学が協力していける環境が整うとよいと思う。(みかん)

ドイツ 科学・イノベーション フォーラム
http://www.dwih-tokyo.jp/ja/


自由で活発な発言を歓迎します。

ただし書き込みをする際には、以下の行為は禁じられております。
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・スパムメッセージ

このフォーラムの内容は欧州連合としての見解を示したものではありません。

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