こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for June 2011

東京有楽町マリオン・朝日ホールで、6月23日(木)~6月26日(日)に、フランス映画祭2011が開かれた。第一回目は、横浜で1993年に始まり、その後毎年開催されている。

今回、12作品のうち『匿名レンアイ相談所』を鑑賞した。主人公は小さなチョコレート工場を経営するジャン=ルネと、その工場にセールス担当として採用されたアンジェリック。甘いチョコレートに囲まれた主人公たちの甘い恋愛模様を描く“フレンチ・ラブ・コメディー”、と一言で片付けてしまえばそれまでなのだが、この映画が、普通のラブ・コメディーと一線を画しているのは、この主人公が、二人して「あがり症」なのである。

「あがり症」とは、例えば人前に立って話をすると、極度の緊張でパニックになって、顔が赤くなったり、手に汗をかいたり、手足が震えたりする症状のこと。物語の中でも、二人は人間関係を築くことに不器用で、アンジェリックは「あがり症」克服のため、ワークショップに通い、ジャン=ルネは専門の医師にカウンセリングを受けている。症状は彼らにとって深刻な悩みなのだが、それを面白おかしく仕立てているのが、この映画を撮ったジャン=ピエール・アメリス監督の力量なのだろう。

ジャン=ピエール・アメリス監督(写真中央)           *写真をクリックすると拡大されます

映画を観終わったあと、アメリス監督のトークショーが行われた。監督自身が「あがり症」で、10年前に「あがり症」を主題にした映画を撮ろうと思い立ったらしい。つまり、この映画の主人公は監督自身の投影なのだ(さらに、主人公アンジェリックを演じたイザベル・カレ自身も、実はあがり症なんだそう)。

監督が語った言葉で印象に残ったことがある。「『あがり症』の人たちは極度の心配性で、ありもしないことを想像して、そのせいで不安のあまり、行動できず内にこもってしまう傾向があります。つまり挑戦することを恐れるんです。私がこの作品をコミカルに描いた理由には、考え方を一つ変えれば、人生はこんなにも楽しくできるんだ!ということを観ている人に知って欲しかったからなのです」。

監督自身も、映画という表現方法と出会い、あがり症を克服できたのだそう。自分を表現する場があれば、きっと誰しも、コンプレックスを個性に変えて、自信を持って前に向かって進んでいく勇気が出るのではないか。そんな希望を与えてくれる作品でもあった。(さくら)

フランス映画祭2011『匿名レンアイ相談所』
http://www.unifrance.jp/festival/2011/films/2011/05/les_emotifs_anonymes.html

『修道院へようこそ 心の安らぎを手にするための11章』を読み、日常の喧騒から離れて、安らかな気持ちになりたいと思いました。この本は、著者の35歳の女性編集者ジモーネ・コーゾックさんが、家族と離れ、日常の喧騒と離れ、ドイツ最古のシトー会のオーバーシェーネンフェルト女子大修道院に滞在したときの体験を綴ったエッセイです。日常の悩みやストレスを乗り越えるために、修道院での日常生活は多くのヒントを与えてくれます。

1700年もの歴史をもつ修道院では、今も祈りや瞑想、労働や食事の日課が定められています。朝5時半の祈りに始まり、午前の労働(庭仕事やパン工場での仕事など)、日に6回の祈り、夜8時半の大沈黙の時間まで、一日の日課が決まっているのです。著者はこの修道院での時間の流れに身をゆだね、自分自身を見つめ、心の安らぎを得るためのヒントを得ます。

心の安らぎは日々の生活の中にも取り入れられます。この一部を紹介すると、一日を瞑想か祈りの時間で始めることで、頭をすっきりさせ集中力を生み出すことができます。また、不快な事柄、やっかいな義務や性に合わない人間などを、一度別の角度から観察すること、夕方に一日を内省すること・・・などなど。私も日々の生活にとりいれてみよう。(モコちゃん)

  「経済犯罪」容疑で拘束されていた、芸術家で人権活動家の艾未未氏が22日、80日ぶりに釈放された。

  同氏の拘束事件に対する欧米の関心は高く、釈放直後の当人に取材した英BBCなど、欧米の各メディアが釈放を速報。国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルは「艾氏の保釈は大きな前進だ」とのコメントを発表した。

 拘束後いち早く艾氏の釈放を訴えたEU議会も、艾氏の釈放を受けて、「経済犯罪」を名目に政治的な抑圧を行うのは人権侵害だと中国政府を非難した。まるで艾未未氏が悲劇のヒーローとの扱いだが、当の中国市民の見方は冷めている。

 艾氏は著名な詩人の艾青氏の御曹司。北京五輪のメインスタジアム「鳥の巣」の設計にかかわった芸術家とされるが、中国市民からは、芸術的才能より出自の良さのため名前を連ねているに過ぎないとみられているふしがある。

  なにより今回の身柄拘束の理由とされた「経済犯罪」は2千万元(約308万米ドル)の巨額脱税容疑で、どうやら事実らしいのだ。同氏の個人資産も5千万元(約750万米ドル)と推定され、身分、財産ともに一般の中国市民からは雲の上の人なのである。

 雲の上の人が、人権擁護活動に熱心だったとしても、普通の中国市民にとって何の現実味がなく、ほとんど共感は呼ばないと思う。しかも、脱税した金持ちだとすれば嫌悪感すら呼ぶだろう。だから、中国当局も安心して身柄を拘束できたし、釈放する気にもなれたのだ。

  BBCが速報し、EU議会が中国政府を批判したとしても、中国市民の多くは反感を覚えると思う。艾氏が捕まるのは構わないが、外国人に自分の政府が非難されることの方が不愉快なはずだ。ならば、欧米は艾氏を持ち上げることで、何を実現しようとしているのか。欧米が中国政治に求める理想と、現実の中国社会との間に、大きなギャップがあるように思える。

今年は、チェコからソ連軍が撤退してからちょうど20年。これを記念して、全身をピンク色に塗装された1台の戦車が20年ぶりに首都プラハに入った。

 1991年4月のある日、奇抜な作風で知られるチェコの芸術家ダビッド・セルニ―(David Černý)は、国の文化遺産に指定されプラハ・スミーホフ(Smíchov)の野外に展示されていた戦車を突然、仲間と共に全身ピンク色に塗りたくった(無許可で行ったためセルニー氏は起訴)。同年6月、この戦車は、文化遺産登録を抹消された上でチェコ中央部レシャニ(Lešany)の軍事技術博物館で展示されることになった。

今回、ソ連軍撤退20周年を祝うために、レシャニからプラハに「再入城」することになった。ピンクの戦車は、軍事技術博物館からスミーホフまでトラックで運搬された後、特製いかだに載せられ、現在は展示用にモルダウ川に浮かべられている(7月1日まで展示)。

7月1日は、20年前にワルシャワ条約機構(ソ連の盟主とした旧東欧の軍事同盟)が正式に解消した日だ。この日に先立つ1週間、Week of Freedomフェスティバルが開かれる。ソ連軍の撤退とワルシャワ条約機構解消を祝うこのフェスティバルでは、ワルシャワ条約機構をテーマとする国際シンポジウムが開催されるほか、歴史資料の展示会や記念コンサートなどが行われる。また、在任中(1981~1989年)に対ソ強硬路線を採ったロナルド・レーガン元米大統領(2004年に93歳で死去)の生誕100年も祝われるという。

ベルリンの壁の崩壊(1989年)20周年や今回の駐チェコ・ソ連軍撤退20周年など、東西冷戦を回顧する歴史イベントがここ数年続いているのを感じる。それにしても〝つや消しピンク〝戦車の勇姿(末尾のリンク記事をチェックして下さい!)には、プラモデル世代として強烈に惹かれるものがある。(じょぎんぐまん)

・ピンクの戦車に関するCzech News Agency記事(チェコ語オリジナル版)
http://www.ceskenoviny.cz/news/zpravy/pink-tank-returns-to-prague-floating-on-river/653761?id=653396

・同記事の英語版
http://www.ceskenoviny.cz/news/zpravy/pink-tank-returns-to-prague-floating-on-river/653761

先日、日本好きなイタリア人とイタリア好き日本人が集う交流イベント、伊日アーモ(このブログでも以前紹介)に参加してきた。筆者は今回2回目の参加であったが、イタリアに留学した経験のある日本人の方や、イタリア文化会館にお勤めのイタリア人の方などとお話ができて、大変有意義な時間を過ごすことができた。

イベントでは、展示会も同時に行われていて、イタリア人イラストレーターのフィリップ・ジョルダーノ(Philip Giordano)氏の作品に釘付けになった。

彼は、ヨーロッパで注目の若手イラストレーターである。2010年にボローニャ国際絵本原画展でInternational Award for Illustrationを受賞したほか、パリのブックフェアーや、ポルトガルで2年ごとに開催されるILUSTRARTEに参加するなど、活動の場を広げている。また、ヨーロッパ各国の出版社と組んで、数々の絵本を創作、出版してきた経歴を持つ。

現在、東京在住のフィリップさんは、独自の視点から日本を捉え、それを自身の作品に表現している。例えば、彼はブログ上で、日本の色のコンビネーションを試してみたり、今年4月には、日本のおとぎ話「かぐや姫」をモチーフにした絵本(La Princesa Noche Resplandeciente)を出版。イタリア人アーティストとしての独自の視点で日本の伝統を表現し、日本人の観点からすると、思わぬ発見というか、その独創性に心奪われるのである。 

彼の作品は、7月2日(土)~8月14日(日)まで板橋区立美術館で開かれる、2011イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で実際に見ることもできるので、是非足を運んでいただきたい。(さくら)

2011イタリア・ボローニャ国際絵本原画展(板橋区立美術館)
http://www.itabashiartmuseum.jp/art/schedule/next.html

フィリップ・ジョルダーノ氏のブログ「Pilipo」
http://www.philip-giordano-pilipo.com/

EUフォーラム(2010.08.25)「大人にも刺激的なボローニャ国際絵本原画展」
https://eueublog.wordpress.com/2010/08/25/bologna/

  • In: Culture | movie
  • Comments Off on 桃井かおりが主演、ラトビア人が監督した映画『AMAYA』 Kaori Momoi Starring in the Lativian film AMAYA

EUフィルムデーズ2011でラトビア映画『AMAYA』を観た。といっても、ラトビアはラの字も出てこない。舞台は現代の香港で、中国人の夫と桃井かおり演じる日本人の妻雨夜の周りで起こるいくつかのエピソードが、英語、中国語、日本語で交錯した国際色豊かなストーリー。

世界のどこの国でもおこりそうな出会いと別れと再会。監督の出身国を強調することなく、逆に、ある人が感じることを今やユニバーサルに共感することができる、まさに時代はグローバルだということを感じさせる映画だった。

旅行者ポールは、雨夜の働くマッサージ店に講習を受けにやってくる。出身はヨーロッパだが「小さな国で誰も知らないよ」と語らない辺りがラトビアを連想させたが、母親との電話の会話が英語だったので英国に移住した家庭に育ったのかも、と想像が膨らむ。

このポールを演じたのはリトアニア人ミュージシャン・俳優・音楽プロデューサーのアンドリュス・マモントヴァス。恋人と別れてから世界を放浪してきた自由人、世界の人と通じ合えるものを持っている世界人の雰囲気を上手く表現していた。テーマは人類愛?自分らしく自由に生きたいと願いつつも、実際はそれぞれが複雑な思いを抱えている、そんなところに見応えを感じた。    (みかん)

 

   文芸誌『すばる』の7月号に、フランスのノーベル賞受賞(2008年)作家、J・M・G・ル・クレジオが今回の大震災に関するメッセージ「荒ぶる神と人災を越えて―日本に寄せる期待―」を寄せている。編集部からの「日本の人々を励ます一文を書いてほしい」という依頼に応えたものだ。この文章では、こどもの頃から憧れてきた日本文化に対する思いを述べた後で、福島第一原発の事故について触れている。

   核エネルギーの危険性について、クレジオはこんな風に述べている。「チェルノブイリ事故の前年、あの原子力発電所は原子力技術が生んだ華として世間に紹介され、北米のさる物理学者、ラスムッセン教授という人ですが、ひとつの原子力発電所で事故が起こる危険は、ある町に隕石が降ってくる危険と同じぐらいに小さいと言明しました。日本は、模範的な勇気をふるって、この恐るべき状況に立ち向かっていますが、数カ月後にこの偉大な国民は、逆境のなかで孤独の重圧をひしひしと感じているかもしれないのです(中地義和訳)」。

   そして最後にクレジオは、黒澤明の作品『まあだだよ』を例に出して、その映画の中で、老教授が第二次世界大戦で焦土と化した東京で生き続けていこうとするときに、書物が希望となったように、世界の文化に寄与した日本文化(芸術、技術、文学、哲学など)が、日本再生の希望となると言っている。
   原発事故の出口が見えない状況だからこそ、私たちはこうした声にもっと真摯に耳を傾けるべきなのだろう。希望は常に文化の中にしかないような気がする。(ロニ蔵)

東京・上野の国立西洋美術館の特別展「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」に行ってきた。だいぶ前にチケットを入手していたが、気づけば展示会の最終日が翌日に迫っていた。最終日当日の朝、JR上野駅(公園口)の改札を出て上野公園に入り、開館を待ちわびる長蛇の列に加わった。同展示会に出品されたレンブラントの作品は、『自画像』などの版画が中心だった(多くは西洋美術館やアムステルダム・レンブラントハウスに所蔵)。意表を突く訳ではないが、ここではレンブラントの作品ではなく、彼の名前について書きたい。

言うまでもなくレンブラントは17世紀オランダの大画家で、その代表作『夜警』(アムステルダム国立美術館所蔵)は世界で最も有名な絵画の一つだ。しかし、「レンブラント」が実はファーストネーム(名)であることは、意外に知られていない。ちなみに、レンブラントのファミリーネーム(姓)は、ファン・レイン(van Rijn)である 。

レンブラント・ファン・レインがファーストネームである「レンブラント」で広く知られるようになったのは、彼が自分の作品に「レンブラント」とだけ署名したことが非常に大きかった、というのが通説だ。レンブラントはラファエロやミケランジェロといったイタリアの偉大な先人たち――彼らもファーストネームで世界中の人々に知られている――に倣った、と指摘する研究者もいる。

26、7歳のとき、レンブラントはRembrant(オランダ人の一般的な男子名)にdを加え、Rembrandtと署名することを始めたという。オランダ版オンライン・エンサイクロペディア「ENCYCLO」によると、Rembrandtには「剣術指南」という意味が含まれているそうだ。「ファン・レイン」よりも「レンブラント」のほうが響きが勇壮でインパクトもあると常日頃思っていたところに今回「レンブラント」の意味を知り、「なるほど!狙っていたな」と一人で合点した。
(じょぎんぐまん)

レンブラントハウス(アムステルダム)
http://www.rembrandthuis.nl/cms_pages/index_main.html

ドイツの首都ベルリン市では6月14日、ベルリンの壁建設50周年を記念して写真パネルの除幕式が行われた。パネルは、ベルリンの壁が築かれる当時の様子などを撮った写真を引き延ばしたもので、6月15日以降にはさらにベルリン市内数か所に設置される(写真の種類は全24点)。

1961年8月13日朝、東独(当時)側が東西ベルリンを分断する壁の建設作業を開始した。その日は道路が通行止めされ、人が越えられないほどの高さの有刺鉄線が壁の設置場所に沿って張りめぐらされた。数日の内には、石が積みあげられた壁が出現した(コンクリートの壁が完成したのは1970年代半ば)。かくして約28年にわたり、高さ数メートル、総延長150キロメートル超の壁がベルリン市を東西に分断した。

壁の建設自体は8月に始まったが、実は写真パネル展示が開始された6月15日もベルリンの壁に関連した重要な日である。1961年6月15日、東独の最高指導者のヴァルター・ウルブリヒト・ドイツ社会主義統一党(SED)第一書記は、海外プレスを含むジャーナリスト数百名を集めて記者会見を行った。当時、東ベルリンから西ベルリンへ亡命する者が跡を絶たず、ベルリン情勢は緊迫していた。ウルブリヒトは、ある記者の質問に答え、「誰も壁を建設するつもりはない!(Niemand hat die Absicht, eine Mauer zu errichten)」という有名な言葉を発した。この時、初めて壁(Mauer)という言葉が東独政府関係者の口から飛び出したと言われている。その後、記者会見から2か月も経たない内にベルリンの壁が電撃的に建設され、西側世界に衝撃が走ったのだった。

8月13日にはベルリンの壁を越えようとして銃撃され亡くなった人たちなど「ドイツ分断」の犠牲者を追悼する式典が行われる。6月15 日(ウルブリヒト発言)から8月13日(壁の建設の開始)までの、50年前とちょうど重なるこの2か月間には、ベルリン文化プロジェクト社(Kulturprojekte Berlin GmBH)や「ベルリンの壁」財団(Stiftung Berliner Mauer)のイニシアティブで、ベルリンの壁をテーマとした各種集会や芸術作品展示などのイベントがブランデンブルク門などベルリン各所で開かれる。 (じょぎんぐまん)

★「ベルリンの壁」に関連する当ブログの前記事(2009年7月、パクチーさん)
https://eueublog.wordpress.com/2009/07/31/berlin-wall/

ベルリンの壁(建設)50周年
http://www.50jahremauerbau.de/

ベルリン文化プロジェクト社(Kulturprojekte Berlin GmBH)
http://www.kulturprojekte-berlin.de/projekte/50-jahrestag-des-mauerbaus/50-jahrestag-des-mauerbaus/

「ベルリンの壁」財団(Stiftung Berliner Mauer)
http://www.berliner-mauer-gedenkstaette.de/de/

 2011年6月1日より、日・EUエネルギー技術協力の枠組みで、日欧6カ国[1]の産学官が共同で太陽電池を開発するプロジェクトが始まった。期間は2014年度までの4年間で、予算規模は双方合わせて12億円以上となる見込み。日本側には経済産業省から新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じて、欧州側にはEUの欧州委員会から資金が提供される。 

福島第一原発での震災事故を受けて、将来の電力供給問題を各国が再検討している。代替エネルギーの開発が今日ほど期待されている時はないだろう。本プロジェクトの研究開発では、太陽光パネルに当たった光を電気に変える変換効率[2]を世界最高水準である45%以上に上げることを目標としている。 

日本側の研究開発責任者を務める豊田工業大学の山口真史教授は、この研究プロジェクトによって、現在より高性能の太陽光発電を低コストで行うことが期待できると述べ、2015年にモジュール(パネル)を完成させて世界各地でデータ予測を進め、2030年を目標に実用化、2025年の前倒し実現を目指したい、としている。                                                 

用途としては、原発建設予定地だったところ、あるいは原発跡地[3]で発電することで、雇用を確保し、首都圏へ電力を供給できるほか、農業や燃料自動車にも応用可能だそうだ。 

これまで欧州と日本は、新エネルギーの研究開発においてライバルであった。互いの得意分野を生かした共同開発を行うことで、両者は協力パートナーとなる。原発への依存を少しでも減らすためにも、画期的な試みといえるだろう。  (みかん)


[1]日本側コンソーシアム:豊田工業大学、シャープ(株)、大同特殊鋼(株)、東京大学、産業技術総合研究所など
EU側コンソーシアム:マドリッド工科大学(スペイン)、フラウンホーファー太陽エネルギーシステム研究所(ドイツ)、インペリアルカレッジロンドン(英国)、イタリア新技術・エネルギー環境庁(イタリア)、BSQソーラー(スペイン)、PSE(ドイツ)、CEA国家太陽エネルギー研究所(フランス)

[2]現在使われている太陽電池の変換効率は10~20%程度
http://app2.infoc.nedo.go.jp/kaisetsu/neg/neg01/index.html


自由で活発な発言を歓迎します。

ただし書き込みをする際には、以下の行為は禁じられております。
・差別的なコメント
・フォーラムを荒らすような行為
・スパムメッセージ

このフォーラムの内容は欧州連合としての見解を示したものではありません。

June 2011
M T W T F S S
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

Blog Stats

  • 311,362 hits