こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for September 2011

ドイツ・マグシュタッドで開発されるスポーツバイク・ブランド「Merida(メリダ)」は、日本女性のための自転車「Juliet(ジュリエット)」を10月に発売する。 

Crossway Breeze TFS 200MD Juliet Special Color

 アクセサリーや洋服のように自転車を「着こなし」てもらえるようにと、「Crossway Breeze TFS 200MD Juliet」は洋服の定番デザインであるチェックやストライプ柄で、ロゴは小さく入っているのみになっている。女性が操作しやすいように、サドル、フレーム、トップチューブは小さめで、2本の指でグリップが握れるようにもなっている。

Crossway Breeze TFS 200MD Juliet Special Color

 Meridaは世界66カ国で販売展開される世界第2位のスポーツバイク・メーカーで、塗装技術の高さは世界一とも。Meridaが抱える最強のマウンテンバイク(MTB)チーム「マルチバン・メリダチーム」のホセ・ヘルミダ(スペイン)は自社バイクで2010年MTB世界選手権を制した。Meridaのバイク開発にあたっては、「マルチバン・メリダチーム」がテスト走行を繰り返し行っているからその技術と性能は保証つきだし、ホセ・ヘルミダが使用した「O.NINE Superline CARBON TEAM-D」も量産品として開発されているために、世界のトップバイクを身近に置けるのも大きな魅力。 

Crossway Breeze TFS 200MD Juliet

 自転車業界では、2011年モデルが登場したかと思うと、すでに来年度モデルの開発が始まっている。Meridaキャッチフレーズは「Merida loves competition」。絶え間なく進化を続けるアイテムは、自己啓発を続ける女性の日常も応援してくれるはず!(くるみ)

Crossway Breeze TFS 200MD Juliet

O.NINE Superline CARBON TEAM-D

 

 

 

 

 

 

【リンク】
Merida
http://www.miyatabike.com/merida/

Juliet
http://www.merida-juliet.com/

Advertisements

9月8日~11日、東京・六本木でベルギービールウィークエンド2011が開催された。6月の大阪会場に続き、東京でもビールだけでなく、ベルギーの軽食や音楽ライブなど、同僚、友人同士、カップルや家族連れなど誰と行っても楽しめるイベントだ。

なんといっても目玉は10のカテゴリーに分けられた62種類のベルギー・ビール。産地や原料、製法、味の特徴、言われなど知れば知るほど、興味深い。修道院で醸造されていた時の製法を受け継ぐもの、今でも修道院の醸造所限定で作られるもの、農家で清涼飲料として製造されてきたもの、木苺やサクランボなどフルーツを使ったものなど。ただし、日本のビールよりアルコール度数の高いものが多いので、飲みすぎに御注意あれ(自戒を込めて)。

東京会場での4日間には、のべ2万1千人が訪れたそうだ。観光案内や雑貨・食品を扱うショップもあり、日本にいながらベルギーについて知るよい機会となった。この模様はベルギーのニュースでも放映された。日本各地で開催されるドイツビール祭・オクトーバーフェストのように、定着していく可能性大だ。  (みかん、写真も)

ビールを買うと各銘柄のコースターがもらえた。上から右回りに、「サンフーヤン ブロンド」、「ヴェデット・エクストラホワイト」、「パトラッシュ」、「レフ ブロンド」。

 私事で恐縮なのだが、私は現在、茨城県守谷市に住んでいる。ここは、秋葉原からつくばエクスプレス線で30~40分のところで、茨城県にも関わらず、県外出身・都内勤めのサラリーマンが多いところでも知られている。そんな守谷から今回は日独交流150周年にちなんだ話題をひとつ。

 今週末、友人数名と『ごちそうランチ』をしてきた。守谷駅から車で五分弱のところにあるドイツデリカッテセン、『ハンス・ホールベック』である。こちらのお店、店主の小島豊さんは、本場ドイツで食肉マイスターの資格を取得した日本でも有数の食肉職人さん。お腹と心を幸せいっぱいにしてくれるだけでなく、ドイツ系航空会社へ自慢のソーセージを提供したり、ドイツとゆかりのあるプロサッカー選手がわざわざ足を運びに来たりと、全国各地にファンが多いお店でもある。我が家ではハンス・ホールベックで週末昼食をとることを『ごちそうランチ』と呼んでいる。
 この日は、空が真っ青で、空気が乾燥しており、友人の一人が、「ヨーロッパにいるみたい」と表現した。

 お店に入ると、我々と同じ思いでやってきたと思われるお客さんでいっぱい。しばらく、席が空くのを待った(諸事情から事前予約が取れなかったのだ)。その間、店内の雰囲気を味わい、壁に掲げられている様々な写真を見ては期待度を一段、もう一段と引き上げていく。
 しばらくして、空いたテーブルへ案内され、一同メニューを見ながらそれぞれ注文した。私はこの日、一押しのランチメニューのBコース、ポークステーキセットを頼んだ。ドイツといえば、確かにソーセージなのだが、お店の看板料理でもあり、「これはうまい」と舌鼓を打つそんな逸品である。
 ドイツビールで乾杯すると、次にスープと前菜が運ばれた。前菜はスライスソーセージとキャベツのサラダ。ほのかなお茶の香りが、食欲をさらに高めるおすすめの一品だ。
 いよいよメインのポークステーキの登場である。一同、そのボリュームに驚かされる。しかし、お肉は厚いが、くどくない。絶妙な塩加減がいっそう美味しさを引き出している。しかも、ソーセージも付け合せで付いているので、お得感たっぷりである。瞬く間に完食だ。
 忘れてならないのが、毎回おかわりしてしまうパン。アツアツの香ばしさが口の中で広がり、品のある甘さに変わっていく。パン好きにはたまらない絶品だ。

 最後のしめにコーヒーを頼んだ。ここではコーヒーもこだわっていて、豆をオーストリア・ウィーンから直輸入。一滴一滴心を込めて入れてくれる、濃いめのコーヒーだ。

 昨年バイエルン州の議員団20名がわざわざ貸し切りバスでやって来たとのこと。最近、食の感動を体験していない方は、ぜひここに来られることをおすすめしたい。
 ちなみに、守谷市はAビールの工場があり、もちろん「飲める工場見学」ができる。ビールとドイツ料理で秋を満喫してみてはどうだろうか?(ばんどうたろう)

 【リンク先】

●  ハンス・ホールベックのページ
 http://www.hanshohlweck.com/

●  Aビール社茨城工場のページ
 http://www.asahibeer.co.jp/factory/brewery/ibaraki/index.html

● つくばエクスプレスのページ
http://www.mir.co.jp/

練馬区立美術館で、「磯江毅―グスタボ・イソエ」展を観てきた。
写実絵画の作家だと聞いていたのでそれほど期待はしていなかったが、実際に作品を観て大きく予想を裏切られた。写真のように描くのなら写真表現で十分ではないか…、などと思っていたが、磯江の写実絵画には写真では捉えることができない不思議なリアリズムが内包されていた。磯江のことを魔術的リアリズムの作家と呼ぶ人がいるが、その意味がよく分かった。現実と幻想が混じりあいながら、虚実の皮膜にあるリアリティが見事に描写されている。

例えば、白い皿に載ったイワシ。食べ終わった後なのだろうか、尾ひれがもぎ取られ、胴部も骨がむき出しになっている。口を開けて、虚空を見つめるイワシの目が何かを訴えかけるようでもある。白い皿についたシミや汚れのくすんだ感じがとてもリアルだ。ディテールが緻密に描かれた油彩画だが、これを絵画とも、写真とも呼んではいけないような気がする。

磯江毅は、19歳で西洋美術を学ぶためスペインに渡り、30年にわたる画業のほとんどをスペインで過ごした。24歳で開いた個展を機に、スペイン人が発音しやすいグスタボと改名。以降、スペインリアリズム絵画の作家として数多くの権威ある賞を受賞した。スペインの画家たちは磯江の作品に東洋的な簡潔さを感じたというが、確かにそこには、スペインの鮮烈な光というよりも、月夜の光に映し出されたような静謐さが漂っている。

2007年、磯江は53歳の若さで世を去った。彼の妻によると、「ますますものが見えてきた」と磯江が語った直後だったという。そんな彼の絵をもっと見たかった。なんとも残念なことである。
(ロニ蔵)

     磯江毅 ≪鰯≫   2007年                 板、ジェッソ・鉛筆・水彩   41.0×53.0cm

昨年(2009年)6月に連邦議会選挙が行われたのにベルギーに新しい内閣がいまだに誕生していないという文をこれまで2回(第1弾第2弾)書いたが、そのベルギーの「内閣不在期間」がついに450日を超えた。現在、8つの政党の間で連立交渉が、アルベール二世国王から取りまとめ役に指名されたディ・ルポ氏(フランス語系社会党党首)の下で続けられているが、連立協定の締結の目途はまだ立っていない。

ベルギーの事情に詳しくない人は、いったいなぜこれほどまでに時間がかかっているのか、不思議に思うだろう。実は、今回、「オランダ語vsフランス語」の言語対立の問題が交渉の決着を阻む最大のファクターとなっている。

言語対立問題とは、非常に大雑把に言えば、ベルギー国内がオランダ語を母語とする国民(オランダ語話者)とフランス語を母語とする国民(フランス語話者)に分かれて、互いの権利を主張し合っている状況のことである。ベルギーでは、目に見える形で国土が言語によって二分されている。つまり、北半分がオランダ語圏(フランドル地域)、南半分がフランス語圏(ワロン地域)である。さらに、首都ブリュッセルはオランダ語とフランス語の両言語圏であり、フランドル地域とワロン地域の境界あたりに、厳密にはフランドル地域の最南部に位置する(図①)。

〔図①〕 フランドル地域(北半分)、ワロン地域(南半分)及びブリュッセル(図の青い部分)(cc:nl.wikipedia)

 

もう一つ、言語で二分されているのが、政党である。1960年代から70年代にかけてすべての主要政党がオランダ語系とフランス語系政党に分裂した。連邦議会から市町村議会選挙に至るまで、フランドル地域ではオランダ語系政党の候補者だけが、ワロン地域ではフランス語系政党の候補者だけが出馬し、当選する。ブリュッセル首都圏地域では例外的に両方の言語系の政党が有権者から選ばれている。選挙の日が近づくたびにオランダ語系政党もフランス語系政党もそれぞれ自分たちの言語話者の利益の拡大・保護を声高に叫び、言語対立を再燃させている。

言語対立問題の一つに「ブリュッセル問題」があるが、今回はとりわけハードコアな論点のブリュッセル・ハレ・フィルフォールデ(BHV)選挙区の分割が組閣交渉において議論されている。BHV選挙区とは、ブリュッセル首都圏地域及びこれに隣接するフランドル地域の35の市町村が一つにまとめられた選挙区である(図②)。前述のとおりブリュッセル在住の有権者は、(オランダ語系政党のみのフランドル地域、フランス語系政党のみのワロン地域の有権者とは違い、)オランダ語系かフランス語系の政党のいずれかの候補者に投票することが可能である。しかし、ブリュッセルでは住民の8~9割がフランス語話者であるため、このBHV選挙区の当選者の8割以上はフランス語系政党からの候補である。
つまり、BHV選挙区ではフランドル地域の一部の市町村が、実態としてフランス語圏に近いブリュッセルと一緒にされてしまっており、そこにオランダ語話者の強い不満が存在するのである。

したがって、オランダ語系政党はことあるたびにBHV選挙区の分割、すなわちブリュッセルとフランドル地域の市町村とを切り離すことを要求している。一方のフランス語系政党は、BHV選挙区を分割すれば、フランドル地域の市町村に住むフランス語話者の権利が十分に保証されなくなるのを懸念し、現状維持を強く主張している。

実は、このBHV選挙区分割問題には、オランダ語話者にとりセンシティブな問題が含まれている。ベルギーでは、建国の祖がフランス語話者の都市ブルジョワジーであったことからフランス語だけを公用語とする時期が長く続いた。オランダ語話者は苦労の末、オランダ語をベルギーのもう一つの公用語と認めさせ、さらにオランダ語だけが公的に使用されるフランドル地域を打ち立てた。こうした経緯があるため、オランダ語話者にはフランドル地域にフランス語が流入することを忌み嫌う傾向が強い。

〔図②〕 ブリュッセル・ハレ・フィルフォールデ(BHV)選挙区。欧州議会選挙とベルギー連邦議会選挙に適用される。(cc:Gladiool)

ブリュッセルではここ数十年来、一部の地区の治安が悪化してきている。これを嫌ったブリュッセル在住のフランス語話者たちが、ブリュッセル近郊のフランドル地域の市町村にどんどん移住している。今ではブリュッセルに隣接するこれらの市町村の中にはフランス語話者が住民全体の半分以上を占める市町村が少なくない。このうちの6つの市町村ではフランス語による行政サービスが実施されている。こうしたフランドル地域の市町村にフランス語話者が次々と移住する現象を、オランダ語話者は「フランス語化」と呼び、強く反発している。オランダ語話者の中には、BHV選挙区も「フランス語化」を助長していると考えている者が少なくない。オランダ語系の政党がBHV選挙区の分割を主張することには、オランダ語話者の「フランス語化」に対する反発が背景にある。

同問題を含む言語対立問題は根の深い難題であり、これまで歴代内閣は先送りし続けてきた。前回の組閣交渉(2007年)の取りまとめ役だったレテルメ首相は、(前政権が「封印」してきた)言語対立の問題に取り組んだところ、組閣交渉を200日以上長引かせ、頓挫させた。その後、言語対立の問題を一旦先送りすることでようやく組閣交渉が再開されたのであった。

今回、オランダ語系の一有力政党がBHV選挙区分割を組閣交渉において優先的に議論することを要求(注:2012年の地方選挙を意識したものとみられている)し、残りの7党がこれを飲んだことから、言語対立問題の一つであるBHV選挙区分割問題が正面から議論されている。はたして同問題が再び「パンドラの箱」となってしまうのか、ディ・ルポ氏の采配を初め、今後の推移から目が離せない。(じょぎんぐまん)

【リンク】
ベルギー連邦ポータルサイト(英語版)
http://www.belgium.be/en/

欧州サッカーの新しいシーズンが開幕を迎えた。今年のような奇数年はW杯も欧州選手権も開催されず、「サッカーホリック」にとっては物足りない夏だったろう。そんなときは過去の試合の映像で満足するしかないのだが、フランス人にとって一番のお気に入りと言えばやはり98年W杯の決勝戦だ。

フランスのサッカーチャンネルは夏になると、相変わらず強豪ブラジルを倒して世界の頂点に登りつめた、あの「栄光のシーン」を流し続ける。しかし何と言っても13年前の出来事。昨日のことのように思い出せる鮮烈な記憶ではあるにせよ、年々「懐かしの名場面」という感じが強まっていくのは時間の必然だ。

何しろ、あのときピッチを駆け回っていたヒーローたちは、ほとんどが現役を退き、監督やコーチ、解説者などに転身している。わずかに残る現役組だったパトリック・ヴィエラ(35)も昨シーズン限りでユニフォームを脱ぎ、ロベール・ピレス(37)は現役続行に意欲を燃やすものの、英アストンヴィラとの契約が切れて新しい所属先が見つからず、事実上の引退を迫られている。

ティエリ・アンリ(34)も米国リーグにプレーの場を求め、第一線から退いている。そして今シーズンに入り、98年当時チーム最年少だったダヴィッド・トレゼゲ(33)もスペイン・リーグからアラブ首長国連邦(UAE)リーグへと「都落ち」。ついに欧州で活躍する「98年組」は誰もいなくなった。

時代の移り変わりをさらに印象付ける出来事がもうひとつ。「98年組」きってのスター、ジネディーヌ・ジダン(39)の長男・エンゾくん(16)が9月6日、プロチームの練習に参加した。幼いころから父が在籍していた名門レアル・マドリーのユース・チームでプレーしてきたが、トップ・チームに合流するのは今回が初めて。父ジダンも息子の応援に駆けつけた。

現在U-17チームで父と同じ背番号10をつけ、司令塔として活躍するエンゾくん。メディアが本格的に騒ぎ出したのは昨年の今ごろだった。それまでレアル・ユースの選手リストになかった「ジダン」の名が突如として登場したためだ。それ以前は、目立ちすぎるのを避けて、母方の姓フェルナンデスで登録していたという。

「ジダンに生き写し」と成長が待たれた天才少年ももう16歳。まだ少し華奢だが、上背はクリスティアーノ・ロナウド(186センチ)と並ぶくらいに見える。プロデビューの日はそう遠くない。もっと早く実現しそうなのは、ユース代表デビューだろう。ただしこの場合、フランスあるいはスペインのいずれかを選ばなくてはならない。

エンゾくんはフランス・ボルドー生まれとはいえ、マドリードで育って10年。母親のヴェロニクさんもフランス生まれだがスペイン系。父ジダンも「五分五分」と語っており、どちらに転がるかわからない。仮にスペイン代表チームに「ジダン・背番号10」が誕生するとなれば、フランス人にとっては大きなショックだ。(ジダニーニョ)

(cc:Stefo)フランスの「国民的英雄」ジネディーヌ・ジダンの特大ポスター

【リンク】
レアル・マドリーの公式ホームページ
http://www.realmadrid.jp/news/2011/09/news_27435.html

 前回でモコちゃんが記事にしてくださった「スペイン皇太子賞」の正式名称は、「アストゥリアス皇太子賞」といいます。同賞は、1980年にスペイン王室の王位後継者であるアストゥリアス皇太子により設立された財団により、翌1981年から毎年授与されています。
 アストゥリアス皇太子賞の賞与部門は、芸術、社会科学、コミュニケーションおよびヒューマニズム、国際協力、学術・技術研究、文学、スポーツ、及び平和からなっています。これまで、ネルソン・マンデラ氏、アル・ゴア氏、ボブ・ディラン氏や、世界保健機構(WHO)、ブラジルのナショナルサッカーチームからグーグルに至るまで、数多くの世界的著名人・著名団体が受賞しています。

 アストゥリアス皇太子賞は、賞与対象が個人から団体まで多岐にわたるのが特徴です。例えば、今回「フクシマの英雄」が受賞する平和部門賞は、異文化理解や平和的共存、不正、貧困や不平等に対する闘い、自由の擁護などにおいて模範となる貢献した個人、団体、機関に贈られます。近年では、ベルリンの壁崩壊から20周年を迎えたベルリン市(2009年)、コロンビア革命軍(FARC)に誘拐され、6年半にわたる捕虜生活を経てコロンビア国軍によって解放されたコロンビアの政治家イングリット・ベタンクール氏(2008)、国際連合児童基金(ユニセフ、2006年)などが受賞しています。

 20か国、44受賞候補者・候補団体の中から、見事、アストゥリアス皇太子賞平和部門賞を勝ち取った「フクシマの英雄」は、10月21日、アストゥリアス皇太子財団の本拠地であるオビエド市カンポアモール劇場での授与式に臨みます。受賞者には、賞状、スペインの芸術家ホアン・ミロによる彫像とともに、賞金5万ユーロ(訳540万円)が寄与されるそうです。
  まだまだ先の見えづらい震災復興と原発問題ですが、スペインから暖かいエールをもらったような、そんな気分にさせてくれるニュースでした。(オラ!カティ)

● 記事に関するリンク先

アストゥリアス皇太子財団公式HP(スペイン語他)
http://www.fpa.es/

アストゥリアス皇太子財団公式HP日本語版解説
http://www.fpa.es/uploads/files/princeofasturiasawards-jap.pdf


自由で活発な発言を歓迎します。

ただし書き込みをする際には、以下の行為は禁じられております。
・差別的なコメント
・フォーラムを荒らすような行為
・スパムメッセージ

このフォーラムの内容は欧州連合としての見解を示したものではありません。

September 2011
M T W T F S S
« Aug   Oct »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

Blog Stats

  • 284,321 hits

Top Clicks