こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for the ‘Art’ Category

10月26日、27日の二日間、ヨーロッパのテキスタイル、デザイン家具、照明、テーブルウェアなどを一堂に集めた「EU Gateway Program」のEuropean Designという展示商談会が行われた。

ヨーロッパ各国からの作品の中で、特に私の目を引いたのが、デンマークの二つのブランドだった。

まず、紹介したいのが、aidaという食器ブランド。今回、aidaは、デンマーク人若手アーティスト、ポール・パヴァ(Poul Pava)とのコラボレーションで作品を発表。“誰のなかにでもある子供心”をコンセプトに活動するパヴァ氏の独創的なキャラクターは、幼い子どもが落書きして生まれたような、愛くるしさと、カラフルな色使いで、遊び心が満載だ。デンマーク食器のシンプルで、かつ機能性に富んだ特徴を考えると、一瞬、これはデンマークブランドなのか?と疑ってしまいそうだが、新しい風、そして若手デザイナーを起用する点からすると、なるほど、デンマークの自由さ、寛容さというものが生んだデンマークらしい作品だなと納得するところもある。

微笑んでパチリ。aidaの輸入元、新潟の佐藤商会の本多さんと、aida のExport Manager Overseas、Sören Klosterさん

次に、オーフス(Århus)というデンマーク第二の都市で生まれた、ウォールペーパーやクッション、テキスタイルなどのインテリア全般を扱うferm-LIVINGの展示ブースにお邪魔した。設立者は、こちらも若手アーティストのトゥリーネ・アンデルセン(Trine Andersen)。元々はグラフィック・デザイン事務所として2005年にスタートし、その後、グラフィック・アートを生活雑貨に取り入れて現在の形になったそうだ。会社のロゴには、アンデルセン氏の夢に出てきたという鳥がモチーフとして飾られている。どの作品も、とても温かみがあり、寒く長い冬を余儀なくされるデンマークの家庭に、ちょっとした安らぎを与えてくれそうな優しいデザインが施されている。展示会場では残念ながらお目にかかれなかったのだが、壁に貼るウォールペーパーは、ついこの間、パリに行ったときに、かわいさのあまり思わず購入したばかりだが、いただいたカタログを眺めているとついつい買い足したい気分になる。(さくら)

ferm-LIVINGのロゴには創立者の夢にでてきた鳥がモチーフとして施されている

個性あるキャラクターが並ぶferm-LIVINGのブース

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一本の線が描かれる時間というのはほんの数秒のものだろうが、その繊細で憂いをふんだ線が生まれるには、想像を絶するような時間が必要だったに違いない…。

「ウィーン工房1903-1932」展(パナソニック電工汐留ミュージアム)で展示されていたフェリーチェ・リックス(1893-1967)の壁紙「そらまめ」の描線を眺めながら、ふとそんなことを思った。
とにかく実際に見ていただくのが一番いいのだが、その淡い色づかい、ポップな感覚、ふわふわとした浮遊感…、眺めているだけで思わずウキウキしてきてしまう。展覧会は初秋だったけれど、この「そらまめ」を見た瞬間、その周辺が春の爽やかな陽射しに包まれてしまった。

ウィーンの富裕な事業家の家に生まれたリックスは、ウィーン工芸学校でウィーン工房の創立者の一人であるヨーゼフ・ホフマンの教えを受ける。卒業後、ウィーン工房に入り、テキスタイル、陶芸、ガラス、七宝図案などの多くの作品を発表し、モダニズムの先駆者として活躍した。

そんなリックスの前に現われたのが、ウィーンに留学中の上野伊三郎(1992-1972)だった。京都の宮大工の家に生まれ東京で建築を学んだ上野は、建築を学ぶためホフマンの建築事務所に勤務していた。運命的な出会いをした2人は1925年に結婚し、翌年に活動拠点を京都に移した。上野は「上野建築事務所」を開設し、リックスはその美術工芸部の主任となった。上野リチと呼ばれたリックスは京都の伝統職人たちから伝統技法を学び、独自の意匠世界を切り開いていった。

戦後、二人は京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)で教鞭をとり、日本の美術界に大きく貢献した。東京でリチの作品をご覧になりたい方は、日生劇場の地下レストラン「アクトレス」へどうぞ。金地に色鮮やかな花模様が描かれた彼女の壁紙を天井や壁面に見ることができる。これは襖紙に描かれたもので、日本の「障壁画」の技法と彼女のモダンデザインが融合したものだそうだ。(ロニ蔵)

練馬区立美術館で、「磯江毅―グスタボ・イソエ」展を観てきた。
写実絵画の作家だと聞いていたのでそれほど期待はしていなかったが、実際に作品を観て大きく予想を裏切られた。写真のように描くのなら写真表現で十分ではないか…、などと思っていたが、磯江の写実絵画には写真では捉えることができない不思議なリアリズムが内包されていた。磯江のことを魔術的リアリズムの作家と呼ぶ人がいるが、その意味がよく分かった。現実と幻想が混じりあいながら、虚実の皮膜にあるリアリティが見事に描写されている。

例えば、白い皿に載ったイワシ。食べ終わった後なのだろうか、尾ひれがもぎ取られ、胴部も骨がむき出しになっている。口を開けて、虚空を見つめるイワシの目が何かを訴えかけるようでもある。白い皿についたシミや汚れのくすんだ感じがとてもリアルだ。ディテールが緻密に描かれた油彩画だが、これを絵画とも、写真とも呼んではいけないような気がする。

磯江毅は、19歳で西洋美術を学ぶためスペインに渡り、30年にわたる画業のほとんどをスペインで過ごした。24歳で開いた個展を機に、スペイン人が発音しやすいグスタボと改名。以降、スペインリアリズム絵画の作家として数多くの権威ある賞を受賞した。スペインの画家たちは磯江の作品に東洋的な簡潔さを感じたというが、確かにそこには、スペインの鮮烈な光というよりも、月夜の光に映し出されたような静謐さが漂っている。

2007年、磯江は53歳の若さで世を去った。彼の妻によると、「ますますものが見えてきた」と磯江が語った直後だったという。そんな彼の絵をもっと見たかった。なんとも残念なことである。
(ロニ蔵)

     磯江毅 ≪鰯≫   2007年                 板、ジェッソ・鉛筆・水彩   41.0×53.0cm

6月14日から8月21日にかけて、三菱一号館美術館(東京・丸の内)で「もてなす悦び展」が開催された。この展示会は、19世紀末のロンドン、パリ、ニューヨークで人気を博した日本の陶器、漆器などいわゆる美術工芸品を、時代背景と共に紹介するもので、その当時の欧米における「ジャポニスム」旋風を肌で感じることができた。

大学のゼミで「18世紀末イギリスの産業革命」を専攻したこともあり、この時代については、以前から興味があった。卒業論文も、イギリスにおける紅茶文化の普及とジョサイア・ウェッジウッド(イギリス最大の陶器メーカー「ウェッジウッド社」の創設者)の偉業について取り上げたので、基礎知識は十分持ち合わせて展覧会に挑んだつもりだった。しかし、この頃の欧米では、現代の日本の漫画・アニメにも通ずる「日本ブーム」が芸術面で既に開花していたという事実は、新たな発見であり、驚きでもあった。

そもそも、ヨーロッパに紅茶文化が普及し始めたのは、オランダ東インド会社が17世紀初頭に設立され、アジア諸国へ進出したことが大きく影響しているといわれている。肥前、伊万里といった日本の陶器は、それぞれ17世紀後半、18世紀初頭にオランダへ輸出されている。その後、19世紀初頭には、インドで新種の茶樹・アッサム種が発見され、インド・スリランカでの紅茶の栽培が開始。そうしてヨーロッパの紅茶消費量は一気に加速する。ほどなく、上流階級の嗜好品だった紅茶は、労働者階級といった中産階級層にも広まり、産業革命時代には、紅茶は黄金期を迎えるのである。

というのが、少ないながらの私の基礎知識であるが、注目すべきは、中産階級層に紅茶文化が広まったという事実である。「もてなす悦び展」では、実にさまざまな茶器を展示していたが、その頃の大衆文化において、茶器の芸術をたしなむ余裕というものが感じられる。産業革命下において、一般庶民にも裕福とはいえないが、一定の生活水準が保たれるようになり、「美しいものを愛でる」という感覚が生まれてきたのである。

日本の茶器の絵柄に、欧米の人々は魅了された。ティファニー・スタジオが、朝顔柄のガラス工芸品を発表。瞬く間に欧米において「朝顔ブーム」が巻き起こる。その後もファン・パターンといわれる扇の絵柄を真似たり、蜻蛉、蝶、桜、竹、紅葉、ひょうたんといった日本独特の絵柄を、ロイヤル・ウースター社、ウェッジウッド社、ミントン社などが競って自社製品に採用した。

「日本ブーム」に火をつけたのは、19世紀中頃、ロンドン、パリなどで開かれた万国博覧会の影響が大きいといわれる。いわば「日本を欧米の大衆にアピール」する絶好の機会が与えられたのである。

このようにして、日本と欧米の芸術的価値というものがひとつとなった瞬間を、陶器を通して感じることができたことも大きな収穫だった。そしてまたひとつ、大好きな茶器と紅茶文化の知識が膨らんだような気がする。(さくら)

[URL]
三菱一号館美術館「もてなす悦び展」(会期:6月14日~8月21日)
http://mimt.jp/omotenashi/

 ルーブル美術館の最近の人気絵画は、ルーカス・クラナッハ(Lucas Cranach der Ältere:1472―1553)作の「三美神」だ。広いルーブル美術館の中を、歩き回ってやっとたどり着いた先に、クラナッハの数点の絵画が展示されていたが、「三美神」に出会って、これだと感動した。一般に公開されるのは今回が初めて。 

 ルーブル美術館が16世紀のドイツの画家クラナッハの作品購入のため、一般からの寄付を募ったのは昨年11月。3人の裸婦を描いた「三美神」は24㎝×37㎝の思ったよりも小さな作品。しかし、寄付のキャンペーンがメディアで報道されると、多くの人が関心を寄せ、7千人から120万ユーロが集まったという。今年3月に特別展示され大好評を博したが、7月に訪れた時にはドイツ絵画展示の中で、静かに輝いていた。もともと、この絵画は、親しい友人のために描かれた作品で、昨年まで個人コレクターに所蔵されていただけにひっそりと少し目立たない場所の展示の方が似合うような気がした。 

 聞くところによると、ルーブル美術館が一般から寄付を募って有名絵画を購入したのはジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品以来だったそうだ。(丸の内太郎、写真も)

 

                 

おそらく今年のナンバーワン写真展になるはずだ。
こんなに迫力ある写真展は、ここ何年間か記憶にない。
5月1日から7月18日まで、東京都写真美術館で開催されていた「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」展のことだ。

この写真展は、1968年8月のソ連のプラハ侵攻時における最初の一週間を捉えたもの。ソ連軍の暴力に対して、いかに勇猛果敢にプラハ市民が立ち向かったのか―それを物語る数々の写真に圧倒されない者はいないだろう。とにかく凄い。よくもこんな写真が撮れたものだ。撮影者であるクーデルカ(1938−)は、あたかも空気のように自分を消し去って、プラハの春の圧殺の現場に立ち会っている。

クーデルカは僕の大好きな写真家の一人だが、ロバート・キャパ賞受賞の彼の最高傑作を東京で見ることが出来るとは思ってもいなかった。この画期的なフォト・ドキュメントは、二つの勇気を教えてくれる。一つはソ連の暴虐に立ち向かうプラハ市民たちの勇気。そしてもう一つは、こうした歴史的な瞬間を必死に記録しようというクーデルカの勇気だ。

 この写真展を眺めながら思ったのは、原発事故という目に見えない暴力に立ち向かうことの勇気というのはどんな形になるのだろうかということだ。チェコスロバキア(現在のチェコ)の生んだ偉大な写真家クーデルカ(現在はフランス国籍)なら、現在の日本をどんな風に捉えるのだろうか。(ロニ蔵)

原発事故の出口が見えず、その上に梅雨という、なんとも重苦しい日々を過ごしている中で、三つの光景に出合った。実際に目にした光景ではなく、いずれも展覧会で遭遇したものだが、少しだけ勇気を与えてくれたのは確か。7月のある日曜日、都内で出会った三つの光景を僕はこれからも決して忘れることはないだろう。

最初の光景は、月夜の光景だ。会場に足を踏み入れると、蓮の華が咲き誇っている池の畔に佇むことになる。山の端から月が顔を出すと、月明かりによって蓮の葉の緑が浮き上がり、蓮の華が妖しく微笑みだす。目を凝らすと、蓮の葉の上には数羽の蝶が止まっていて静かに羽を動かしている。池の中ほどには、一羽の鷺が羽を休めている。蝶も鷺もメカニカルな動きで、なんだか作り物めいていて摩訶不思議な世界を現出させている。
背面に映し出された月が夜空を静かに移動し、また山陰に隠れてしまうまでの十数分の動きの中、蒼白な月明りによって照らしだされた蓮池はまるで極楽浄土のようだ。これは、新宿パークタワーのギャラリーで行われた『「池中蓮華」展』で出会った、夜の光景だ。日本を代表するデザイナーの栄久庵憲司さんの考える「デザインのユートピア像」を具現化したものだという。

二番目の光景は、朝まだきの光によって映し出された森の表情だ。写真作家の大橋弘さんが、自宅近くの雑木林を毎朝散歩して出会った風景を綴ったもの。7年間歩いて撮りためたもので、国立市の郊外にこれだけ豊かな森の時間が流れていたとに驚かされた。四季折々の木々の描写だけでなく、そこに暮らす昆虫やきのこ、苔など、周囲300mぐらいの都会の森の中に息づく自然の営みが実に細やかな眼差しによって捉えられている。一枚一枚の写真を見ているだけで、瑞々しい朝の光のシャワーを浴びているような爽快な気分になってくる。神楽坂のアートガレーで開催された写真展「森の時間」では、どこまでも澄んだ早朝の光と出会うことができた。

三番目は、パナソニック電工汐留ミュージアムの「ルオーと風景」展で出会った、たそがれ時の光景。フランスの画家ジョルジュ・ルオー(1871-1958)の日本初の風景画展で、ここではルオーが出会った様々な光景が展示されていたが、僕が最も惹かれたのは、晩年に描かれた〈たそがれ、あるいは イル・ド・フランス〉(1937年作)だ。夕食の前にルオーはよく散歩をして、日が暮れていく時間の表情を楽しんだというが、この絵では夕暮れから夜へと向かう時間の裂け目が実に巧みに捉えられている。これだけ見事な夕景はあまり記憶にないほど、深い印象を与える作品だった。
この絵を前にして初めて、月光と早暁の光、そして黄昏時のはかなくも淡い光が僕の頭の中で融合し、ぐるぐると循環し始めた。なんとも不思議な日曜日だった…。(ロニ蔵)


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