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 さて、前々回のスペイン・アストゥリアス皇太子賞に続き、前回は2002年度の同賞受賞者であるダニエル・バレンボイムとエドワード・W・サイードに触れました。が、両人の受賞理由については言及しませんでしたので、今回はそこから始めたく思います。

 ダニエル・バレンボイムとエドワード・W・サイードは、2002年、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団(West-Eastern Divan Orchestra)を通じた活動が評価され、アストゥリアス皇太子賞平和部門賞を授与されました。同楽団は、バレンボイムとサイードにより設立されたユース・オーケストラです。楽団名の由来は、ドイツの詩人ゲーテの『西東詩集』(West-östlicher Divan, 1819)にあり、1999年のゲーテ生誕250年の記念日にあわせてドイツのワイマールで初公演が行われました。楽団員は、対立を続けるイスラエルとヨルダン・レバノン・シリアなどのアラブ諸国出身の若い音楽家達からなっており、もちろん前代未聞の取り組みでした。

 前回ピックアップした『音楽と社会』には、当時のイスラエル・パレスチナ情勢と音楽事情、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団結成までのプロセス、練習を開始した当時の楽団員の様子等についても述べられています。例えば、バレンボイム自身の逸話として、イスラエルにおける公演の際に、ユダヤ人のバレンボイムが、新ナチスとされるワーグナーの交響曲を指揮することに対し、聴衆から激しい拒絶が表明されたことが語られます。また、生い立ちや信条の異なる(時に相反する)団員間には、常に特定のテーマを避けた微妙なコミュニケーションのやりとりがあるとされ、そうしたやりとりが、機に応じて葛藤となって噴出することもあるものの、多くの場合は単なる会話の不成立に帰し、常態化していく様子も語られます。そんな若者たちを音楽で束ね、一つの作品を作り上げていく作業は並大抵のものではないでしょう。同書において、バレンボイムとサイードは、無知、即ち他者を知らないことに起因する無理解と不和がいかに解消されえるかについて希望を持って語ると同時に、厳然たる歴史的事実と錯綜した社会的背景を前に、相互不信の乗り越えがたさについても常に自覚的でありつづける必要を真摯に語っています。

 なお、同書によれば、両人は、イスラエル・パレスチナ問題に対して、同楽団の活動を通じて何か具体的な政治的貢献をすることを目的としていたわけではないようです。バレンボイムは、「何を演奏するかや、どこで演奏するかではなく、音楽を演奏するという行為における勇気だ。こういう種類の勇気が、本当に深遠な人道上の問題を解決するときに必要とされると僕は思う。」と言っています。他方、サイードは、元ドイツ大統領のヨハネス・ラウによるという、次の言葉を引用しています(孫引きですみません)。「愛国心とナショナリズムを取り違えてはいけません。愛国者とは自分の祖国を愛する人です。ナショナリストとは、他の人々の祖国を軽蔑する人です。」。極東島国の日本に住まう私たちにとっては、感覚的にもやや馴染みの薄いテーマかもしれませんが、多民族・多文化と国民国家の中で揉まれ続けた二人の賢人のこうした見解には、何か人を聞き入れさせるものがあると思います。(次回に続く)
(オラ!カティ)

 

【記事に関するリンク先】
●アストゥリアス皇太子財団公式HP(スペイン語他)
http://www.fpa.es/

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 前回スペインのアストゥリアス皇太子賞に触れましたが、当該財団HPで歴代の受賞者リストを眺めているうちに、触発されてネットで書籍をご購入~!!!してしまいました。今回はその本のお話をしたいと思います。

 なお、私事ですが、数か月前までいわゆる途上国に住んでいたため、インターネットで日本語の本を買い、数日後には手元に届けられるというサービスがかなりありがたくて嬉しくて仕方がない~!!!という状態にあります。洋書の古本も、数週間かかったものの、ニューヨークから日本の自宅まできちんと送ってくれました。すばらしい。円高だし。嬉々としてかなり活用させていただいています。

 さて、前置きが長くなりましたが、今回購入した書籍は、アラ・グゼリミアン編(中野真紀子 訳)『バレンボイム/サイード 音楽と社会』(みすず書房)です。ダニエル・バレンボイムとエドワード・W・サイードは、今年「フクシマの英雄」が受賞した平和部門賞の2002年度の受賞者です。本書には、世界中を飛び回って活躍する2人により、約5年間にわたって断続的に行われた対談のエッセンスが詰め込まれています。

 アルゼンチン生まれのロシア系ユダヤ人であるバレンボイムは、世界を代表するピアニスト・指揮者です。他方、サイードは、エルサレム生まれのキリスト教徒パレスチナ人であり、主著『オリエンタリズム』で知られる文学研究者、文学批評家です。

 このバックグラウンドの二人ですから、本書における対談も当然のことながら、ベートーベンやワーグナー、シェーンベルクからイーリアスとオデュッツセイア、シェイクスピアからプルーストにまで言及しながら進んでいきます。ヘナチョコ読者の私は、パッと見だけで、あーもうダメかも…と読むのをあきらめかけました。また、バレンボイムはユダヤ人、サイードはパレスチナ人であることから、二人の対話はまた当然のことながら、中東和平プロセスの進捗とも連携しており、ヘナチョコの私は、あーやっぱりダメかも…とさらなる追い打ちをかけられた気分になりました。さらには、地理的な言及についても、エジプト・カイロからアルゼンチン、ドイツ・ワイマール、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ、果てはアメリカ・ニューヨークにまで展開していきます。これは大変だ。¡Animo, Katy! (がんばれ、カティ!)

 が、読み進めていくと、意外に?そんなことはありませんでした。誤解を生むつもりは毛頭ありませんが。両者間の対談は、それらの個別具体を取り上げながら、何かもっと普遍的なことに迫ろうとするものとも読めたからでしょうか。

 本書において、二人は、作曲家や音楽作品、劇場、オーケストラ、作家や文学作品、また中東和平プロセスの進捗状況等について取り上げながら対話を重ね、互いの洞察を深めていきます。しかし、その原点には、芸術とは、権力とは、政治とは(また政治家とは)、アイデンティティ(自我)とは何であるかといった問いがあり、それに対する二人の答えは、個々の具体も、さらには「音楽と社会」をも超えて展開されていくこととなります。そこで、その大きな意図をつかむためには、個別具体に関する詳細な情報は「必ずしも」不可欠ではないかもしれない、というのが私の読了感です。もちろん、入れ替わり出てくる個別具体的な話題が全てわかれば、本書の理解もよほど深いものになるのだろうと思いますが…。理解度は別として、個人的にはかなり満足感の得られた本でした。

 この本の面白いところは、ヨーロッパの「音楽と社会」に関する対談が、ヨーロッパにはある意味帰属しない「外部者」である二人により、きわめて客観的に行われるというシチュエーションにあるでしょう。そのことが、独自の視点からヨーロッパの「音楽と社会」論を展開することを可能にしていると言え、またそれは、「音楽と社会」についてヨーロッパの域を超えた示唆を与えることにもつながっていると言えます。今から10年以上も前に行われた対談ですが、現在にまで響く何かが語られていることに感銘を受けました。…「何か」って何だ?と思った方は、ぜひ読んでみてください。

 サイードは、長年にわたる闘病生活の末、2003年に白血病のために亡くなりました。訃報に接したバレンボイムは、「心の友を失った」と言ったそうです。今年、2011年9月には、9.11アメリカ同時多発テロ事件が発生から10年を迎えるとともに、パレスチナ自治政府のアッバス議長が、国連安全保障理事会に対して国家としての国連加盟を正式に申請するというニュースも流れました。サイードがもし存命であったら、何と言ったでしょうね。   
(オラ!カティ)

 

● 記事に関するリンク先
アストゥリアス皇太子財団公式HP(スペイン語他)
http://www.fpa.es/

夏も終わり秋の気配が濃厚になりつつあるが、夏にふさわしい小説に出会った(特にスリランカに出かけた私の今夏にとって)。マイケル・オンダーチェの書いた『家族を駆け抜けて』。この作家は、植民地時代にオランダからスリランカに渡ったいわゆる“バーガー”と呼ばれる入植者の家庭に生まれ育ち、イギリスに渡った後にカナダに移住。映画にもなった『イギリス人の患者』でブッカー賞を受賞している。 

この本は半自伝的小説で、カナダに住む主人公が十数年ぶりに1970年代のスリランカを訪れ、親戚や家族と話す中で、家族の物語を紡ぎたしていく1982年の作品。なぜ夏にふさわしいかといえば、文章からスリランカの生活の暑い熱気が伝わってくること。そして、休暇に親戚が集まって始まる家族の秘話。自分が生まれてもいない、もしくは幼かったときの両親や先祖の話が聞けるのは、こんな時だけだ。 

実際どこまで真実の話なのか、読者はわからなくなる。詩の中で描かれる情景も、異国情緒に溢れ趣がある。南アジアに暮らすヨーロッパ出身の家族には、それなりの苦労と驚くような物語があって、それらがユーモラスに語られている。お勧めの1冊。 (みかん、写真も)

主人公の家族が過ごすスリランカの避暑地、ヌワラエリヤの紅茶畑。

年末にフィンランドのヘルシンキに暮らし始めた友人夫婦の所を訪ねていこうと思って、いろいろと準備を始めている。久しぶりの海外旅行だが、旅というのは準備しながら想像を膨らませている時がもしかしたら一番愉しい時なのかもしれない。

そんなことを思いながら、フィンランドについて書かれた本を何冊か渉猟していたら、面白い旅行記に出会った。『北への扉 ヘルシンキ』(文:小原誠之、写真:伊奈英次、発行:プチグラパブリッシング)だ。窓際に二つのベッドが置かれたシンプルなカバー写真に惹かれて、中をパラパラ繰ってみると、写真がふんだんに使ってあって、そのインターバルにテキストが挟み込まれている。デザインもクールなので、2800円とやや高価だったが、思わず買ってしまった。

フィンランド航空の日本語版機内誌『Kiitos』に載った記事を再構成してまとめたものらしい。ヘルシンキを拠点に、フィンランドの国内各地を巡り、エストニア、ラトヴィア、ノルウェーにも足を伸ばした旅の様子がさりげない文章と、完成度の高いスナップショットで構成されている。この本を読み終わって思ったのは、ああ、早く森と湖の国フィンランドの光に触れてみたいなあということ。写真を見る限り、高原の涼風が常にまったりと流れているのだ。

この本で紹介されているフィンランドの表情はあくまで写真家が感じたものを見事に映像化したものだから、実際に現地を訪れてみると全然違うかもしれない。しかし旅のイメージトレーニングとして、これほど最適な本もないだろう。あと数ヶ月、パラパラと写真を眺めながら、想像力の旅を愉しみたいと思う。(ロニ蔵)

『北への扉 ヘルシンキ』出版紹介サイト

『修道院へようこそ 心の安らぎを手にするための11章』を読み、日常の喧騒から離れて、安らかな気持ちになりたいと思いました。この本は、著者の35歳の女性編集者ジモーネ・コーゾックさんが、家族と離れ、日常の喧騒と離れ、ドイツ最古のシトー会のオーバーシェーネンフェルト女子大修道院に滞在したときの体験を綴ったエッセイです。日常の悩みやストレスを乗り越えるために、修道院での日常生活は多くのヒントを与えてくれます。

1700年もの歴史をもつ修道院では、今も祈りや瞑想、労働や食事の日課が定められています。朝5時半の祈りに始まり、午前の労働(庭仕事やパン工場での仕事など)、日に6回の祈り、夜8時半の大沈黙の時間まで、一日の日課が決まっているのです。著者はこの修道院での時間の流れに身をゆだね、自分自身を見つめ、心の安らぎを得るためのヒントを得ます。

心の安らぎは日々の生活の中にも取り入れられます。この一部を紹介すると、一日を瞑想か祈りの時間で始めることで、頭をすっきりさせ集中力を生み出すことができます。また、不快な事柄、やっかいな義務や性に合わない人間などを、一度別の角度から観察すること、夕方に一日を内省すること・・・などなど。私も日々の生活にとりいれてみよう。(モコちゃん)

先日、日本好きなイタリア人とイタリア好き日本人が集う交流イベント、伊日アーモ(このブログでも以前紹介)に参加してきた。筆者は今回2回目の参加であったが、イタリアに留学した経験のある日本人の方や、イタリア文化会館にお勤めのイタリア人の方などとお話ができて、大変有意義な時間を過ごすことができた。

イベントでは、展示会も同時に行われていて、イタリア人イラストレーターのフィリップ・ジョルダーノ(Philip Giordano)氏の作品に釘付けになった。

彼は、ヨーロッパで注目の若手イラストレーターである。2010年にボローニャ国際絵本原画展でInternational Award for Illustrationを受賞したほか、パリのブックフェアーや、ポルトガルで2年ごとに開催されるILUSTRARTEに参加するなど、活動の場を広げている。また、ヨーロッパ各国の出版社と組んで、数々の絵本を創作、出版してきた経歴を持つ。

現在、東京在住のフィリップさんは、独自の視点から日本を捉え、それを自身の作品に表現している。例えば、彼はブログ上で、日本の色のコンビネーションを試してみたり、今年4月には、日本のおとぎ話「かぐや姫」をモチーフにした絵本(La Princesa Noche Resplandeciente)を出版。イタリア人アーティストとしての独自の視点で日本の伝統を表現し、日本人の観点からすると、思わぬ発見というか、その独創性に心奪われるのである。 

彼の作品は、7月2日(土)~8月14日(日)まで板橋区立美術館で開かれる、2011イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で実際に見ることもできるので、是非足を運んでいただきたい。(さくら)

2011イタリア・ボローニャ国際絵本原画展(板橋区立美術館)
http://www.itabashiartmuseum.jp/art/schedule/next.html

フィリップ・ジョルダーノ氏のブログ「Pilipo」
http://www.philip-giordano-pilipo.com/

EUフォーラム(2010.08.25)「大人にも刺激的なボローニャ国際絵本原画展」
https://eueublog.wordpress.com/2010/08/25/bologna/

  • In: Book | Culture
  • Comments Off on 『風の影』 La Sombra del Viento (Shadow of the Wind)

今さらながらではありますが、4~5年前に購入してずっと放置していた『風の影』(カルロス・ルイス・サフォン著)を最近、読みました。読み始めたら止まらなかった!

舞台は1945年のバルセロナ。スペイン内戦の深い傷がいまだ、街や人々の生活に影響を及ぼしています。10歳の少年ダニエルが古本屋を営む父親に連れられ、「忘れられた本の墓場」を訪れます。そこで、フリアン・カラックスの『風の影』という小説に出会います。これはレア本で、世界でこの1冊しか残ってないものでした。ダニエルはフリアンの作品をもっと読みたくなりますが、フリアンは消息不明の謎の作家であることがわかります。

ダニエルはフリアンに惹かれ、必死になって彼を探しますが、その過程でスペイン内戦時代を生き抜いてきた暗黒の人物から狙われたり、恋に落ちたり、恋に破れたりと少年から青年へと成長していく様も描かれています。そして、スペイン内戦の悲劇が、ダニエルによるフリアン探しの過程に大きな影を落としていきます。歴史がこの小説を濃密にしている印象を受けました。

17言語、37カ国で翻訳出版された本。ミステリーとロマンと歴史の要素がつまった1冊です。(モコちゃん)


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