こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

Archive for the ‘Public’ Category

私は最近まで、上場企業の投資家向け広報(インベスター・リレーションズを略してIRと称す)に関連した仕事をしていた。その経験から知ったのは、投資家はグローバルに存在するが、企業が発信する情報にはお国柄ないし地域柄が表れるということである。

IR情報のなかに、アニュアル・レポート(年次報告書)というものがある。事業戦略の説明や写真など、企業が自社のアピールのためにつくる企画ページと、法令や上場取引所のルールで開示が決められた、財務諸表や注記をはじめとする財務情報が一緒になった資料である。このアニュアル・レポート、読み比べると、アメリカとヨーロッパの企業で傾向が異なるのである。

アメリカでは、2002年に会計・監査・情報公開などの制度が改革されSOX法が成立して以降、徐々にアニュアル・レポートの企画ページが減ってきた印象がある。IBMを例にとれば、2002年版アニュアル・レポート中40ページを占めた企画ページは、2010年版では16ページになっている。これは、SOX法によって開示が義務づけられた項目が増えた影響だろう。財務部分の開示情報が増え、それにともなってレポートづくりの労力と費用が増加したぶん、企画ページが減ったというわけである。全体として、アメリカの企業のアニュアル・レポートは、無味乾燥で読み物としての魅力が乏しいものが増えた気がする。

対してヨーロッパでは、年ごとに企画ページが膨張して、とうとう自立するくらいに分厚くなったアニュアル・レポートも多い。例えば、内容もプレゼンテーションも洗練されていて、筆者が毎年チェックしていたイギリスのランド・セキュリティー社の2011年版アニュアル・レポートは企画部分が88ページ。スウェーデンのエレクトロラックス社の2010年版レポートは2分冊のうちの第1部全94ページが企画モノ。ドイツのバイエル社の2010年版レポートでは企画部分がなんと139ページにものぼる。

実は、ヨーロッパにおいても2005年の国際財務報告基準(IFRS)の導入以降、財務情報は増加している。にもかかわらず、製品やサービスを魅力的に見せる美しい写真を多数掲載し、成長戦略を図表も交えて説明するなど、多くの企業がそれまで以上に企画ページに力を入れているのだ。ここには、ヨーロッパにおける「企業価値」に対する考えかたや、「企業価値」のプレゼンテーションを重視する姿勢が表れていると思う。

とはいえ、情報が詰め込まれた大冊アニュアル・レポートは、必ずしも読み手である投資家に好評とばかりとはいえないのが実情だ。ページ数が多すぎて、投資家にとって本当に肝心な情報が埋没してしまうという声もしばしば聞かれる。イギリスの金融機関HSBCが発行した2006年版アニュアル・レポートは、1冊で454ページ、1.47㎏にもなったことが英紙フィナンシャル・タイムズで揶揄されたほど。ただし、アップル社のアニュアル・レポートに代表される、財務情報に表紙をつけただけという究極的なアメリカ型も、つまらないと不評である。

ここ数年は、ヨーロッパ・アメリカともに(そして日本でも)、印刷物としてのレポートの配布は止め、オンライン・レポートのみとする企業も増えてきた。企業価値の説明がいかになされるべきなのか、さまざまな立場から知見を持ち寄り、意見を交換するセミナーやウェブサイトも活発だ。正解のない課題だけに、今後も模索が続くことは間違いない。
(オオカミ女)

 

【リンク】
●IFRS財団 ウェブサイト
http://www.ifrs.org/Home.htm

●プライスウォーターハウスクーパースの「コーポレート・レポーティング」サイト
http://www.pwc.com/corporatereporting

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今年は、チェコからソ連軍が撤退してからちょうど20年。これを記念して、全身をピンク色に塗装された1台の戦車が20年ぶりに首都プラハに入った。

 1991年4月のある日、奇抜な作風で知られるチェコの芸術家ダビッド・セルニ―(David Černý)は、国の文化遺産に指定されプラハ・スミーホフ(Smíchov)の野外に展示されていた戦車を突然、仲間と共に全身ピンク色に塗りたくった(無許可で行ったためセルニー氏は起訴)。同年6月、この戦車は、文化遺産登録を抹消された上でチェコ中央部レシャニ(Lešany)の軍事技術博物館で展示されることになった。

今回、ソ連軍撤退20周年を祝うために、レシャニからプラハに「再入城」することになった。ピンクの戦車は、軍事技術博物館からスミーホフまでトラックで運搬された後、特製いかだに載せられ、現在は展示用にモルダウ川に浮かべられている(7月1日まで展示)。

7月1日は、20年前にワルシャワ条約機構(ソ連の盟主とした旧東欧の軍事同盟)が正式に解消した日だ。この日に先立つ1週間、Week of Freedomフェスティバルが開かれる。ソ連軍の撤退とワルシャワ条約機構解消を祝うこのフェスティバルでは、ワルシャワ条約機構をテーマとする国際シンポジウムが開催されるほか、歴史資料の展示会や記念コンサートなどが行われる。また、在任中(1981~1989年)に対ソ強硬路線を採ったロナルド・レーガン元米大統領(2004年に93歳で死去)の生誕100年も祝われるという。

ベルリンの壁の崩壊(1989年)20周年や今回の駐チェコ・ソ連軍撤退20周年など、東西冷戦を回顧する歴史イベントがここ数年続いているのを感じる。それにしても〝つや消しピンク〝戦車の勇姿(末尾のリンク記事をチェックして下さい!)には、プラモデル世代として強烈に惹かれるものがある。(じょぎんぐまん)

・ピンクの戦車に関するCzech News Agency記事(チェコ語オリジナル版)
http://www.ceskenoviny.cz/news/zpravy/pink-tank-returns-to-prague-floating-on-river/653761?id=653396

・同記事の英語版
http://www.ceskenoviny.cz/news/zpravy/pink-tank-returns-to-prague-floating-on-river/653761

ドイツの首都ベルリン市では6月14日、ベルリンの壁建設50周年を記念して写真パネルの除幕式が行われた。パネルは、ベルリンの壁が築かれる当時の様子などを撮った写真を引き延ばしたもので、6月15日以降にはさらにベルリン市内数か所に設置される(写真の種類は全24点)。

1961年8月13日朝、東独(当時)側が東西ベルリンを分断する壁の建設作業を開始した。その日は道路が通行止めされ、人が越えられないほどの高さの有刺鉄線が壁の設置場所に沿って張りめぐらされた。数日の内には、石が積みあげられた壁が出現した(コンクリートの壁が完成したのは1970年代半ば)。かくして約28年にわたり、高さ数メートル、総延長150キロメートル超の壁がベルリン市を東西に分断した。

壁の建設自体は8月に始まったが、実は写真パネル展示が開始された6月15日もベルリンの壁に関連した重要な日である。1961年6月15日、東独の最高指導者のヴァルター・ウルブリヒト・ドイツ社会主義統一党(SED)第一書記は、海外プレスを含むジャーナリスト数百名を集めて記者会見を行った。当時、東ベルリンから西ベルリンへ亡命する者が跡を絶たず、ベルリン情勢は緊迫していた。ウルブリヒトは、ある記者の質問に答え、「誰も壁を建設するつもりはない!(Niemand hat die Absicht, eine Mauer zu errichten)」という有名な言葉を発した。この時、初めて壁(Mauer)という言葉が東独政府関係者の口から飛び出したと言われている。その後、記者会見から2か月も経たない内にベルリンの壁が電撃的に建設され、西側世界に衝撃が走ったのだった。

8月13日にはベルリンの壁を越えようとして銃撃され亡くなった人たちなど「ドイツ分断」の犠牲者を追悼する式典が行われる。6月15 日(ウルブリヒト発言)から8月13日(壁の建設の開始)までの、50年前とちょうど重なるこの2か月間には、ベルリン文化プロジェクト社(Kulturprojekte Berlin GmBH)や「ベルリンの壁」財団(Stiftung Berliner Mauer)のイニシアティブで、ベルリンの壁をテーマとした各種集会や芸術作品展示などのイベントがブランデンブルク門などベルリン各所で開かれる。 (じょぎんぐまん)

★「ベルリンの壁」に関連する当ブログの前記事(2009年7月、パクチーさん)
https://eueublog.wordpress.com/2009/07/31/berlin-wall/

ベルリンの壁(建設)50周年
http://www.50jahremauerbau.de/

ベルリン文化プロジェクト社(Kulturprojekte Berlin GmBH)
http://www.kulturprojekte-berlin.de/projekte/50-jahrestag-des-mauerbaus/50-jahrestag-des-mauerbaus/

「ベルリンの壁」財団(Stiftung Berliner Mauer)
http://www.berliner-mauer-gedenkstaette.de/de/

ジャンヌ・ダルクが移動した軌跡(C)「舞台『ジャンヌ・ダルク』」より

女優・堀北真希さんが主演した「ジャンヌ・ダルク」を昨年末、赤坂ACTシアターで観劇した。エキストラ100人が観客席にあふれる戦闘シーンは、かなりの迫力で見応え十分だった。堀北さんの熱演も初舞台とは思えなかった。
でも、今なぜ、ジャンヌ・ダルクなのだろうか。

「フランスを救え」と仏東北部のドンレミ村を出て、ルーアンまで約2千キロに及ぶ戦闘を駆け抜けた「奇跡の聖女」は1431年5月、「異端」として火刑に処せられ、19歳の人生を終えた。英仏百年戦争の時代の話、日本でいえば浄土真宗の中興の祖・蓮如がジャンヌ・ダルクより3年後に生まれている。まさに中世の閉塞感と混迷の時代だった。

日本オリジナルのジャンヌ・ダルク劇は今回が初めてだそうだが、バブル崩壊以後、混迷と衰退のぬかるみにはまりなかなか抜け出せない日本、そういう閉塞感の時代だから、ジャンヌ・ダルクのような「聖女」の出現を求めているのかもしれない。

政界再編を実現した政治家たちが国民の期待に応えられず、若い男たちはともすれば草食系になりがちな日本社会になって、「奇跡」を起こす女性の出現を無意識に求めている。客席の大半を占めていた女性客の姿に、そんな心理が潜んでいるようにも見えた。

同じころ、保守系の女性タカ派議員のパーティーに出席した、上智大学の渡部昇一名誉教授は、来賓として壇上に立ち「日本に、サッチャーを、ジャンヌ・ダルクを!」と声を張り上げ、挨拶を締めくくった。「日本を救う」のは、やはり女性だといわんばかりだった。(永田十郎)

早稲田大学キャンパス

11月25日、早稲田大学で開催された国際セミナー『死刑制度:世界から見た日本』を傍聴した。日本で今年裁判員制度が導入され、裁判員による採決で死刑判決が出るなど、死刑制度のあり方に一般市民の関心が集まっている。会場では学生を中心に多くの聴衆が熱心に話を聞き、質問を寄せていた。

基調講演を行ったロジャー・フッド オックスフォード大学名誉教授は、ここ20年の世界の新しい潮流を具体的な数字を用いて説明した。つまり、1980年代終わりから、冷戦終結による東側諸国の体制移行、またアフリカの旧植民地の国々の民主化、そして国際的な取り決めによる人権の尊重といった要素により、死刑制度を正式に廃止している国は今や世界の3分の2以上となり、制度上はあっても執行していない国々の数も増えているそうだ。

英国NGOで死刑囚の人権擁護のために活動を行っている弁護士は、死刑制度では、判決が出てから何十年にもわたって監獄の中で執行を待つこと自体も残酷だとし、この制度があらゆる面で非人道的だと説明した。

死刑制度の研究者、布施勇如{ふせ・ゆうすけ}氏は、日本で採用されている絞首刑が合憲かどうか(残虐な刑罰に当てはまらないのかどうか)の議論さえもないことを指摘、節度ある執行方法かどうかを基準とした米国の例をあわせて紹介した。

参加者から出た死刑の犯罪抑止効果についての質問に対し、多くの犯罪は後先を考えずに犯される場合が多く、死刑になるから犯罪を犯さない、という論理はなりたたないとのこと。一方で、死刑宣告を受けたいがために殺人を犯す例も少なからず起きており、その意味で死刑が逆に犯罪促進効果になっているとの話もあった。

ヨーロッパをはじめとする死刑制度廃止を求める考え方の根底にあるものは、有罪となった人の人権、人間としての尊厳を守ることである。どんな犯罪を犯したか、ということとは区別して考えており、今日では被告の死刑に反対する被害者家族の団体もあるそうだ。死刑はまた別の遺族を生むだけだ、との考えがそこにはある。

現場を知る専門家の話を聞き、私自身、法律上の刑罰とはいえ、人の死を他人が決めるということについて、真剣に議論すべきだと感じた。 (みかん、写真も)

EUIJ早稲田
http://www.euij-waseda.jp/news/the-death-j.html

The Death Penalty Project
(死刑判決を受けた人々の人権の促進、擁護に取り組む英国の非政府組織)
http://www.deathpenaltyproject.org/

死刑廃止デーのEUの声明(2010年10月8日)
http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/media/news/2010/101008.html

EUの日本での死刑執行についての声明(2010年7月28日)
http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/media/news/2010/100728b.html

いつか捨てるぞと思って、犬を飼い始める人はいないだろう。ほとんどの人はずっと一緒にいようとの気持ちから、ペットショップへ行き、お気に入りの犬を見つけ、飼い始める。

しかし、何らかの「事情」により、捨てなくてはならなくなる人たちがいる。その結果、年間約10万匹もの犬が捨て犬となり、地方自治体に持ちこまれる。そして捨てられた犬は、多くの場合、保健所へと連れていかれ、処分される。これは日本の場合。

ところ変わって、ドイツの場合。これはかなり違う。まず、ほとんどの場合、犬はペットショップで買わない。直接ブリーダーから、またはティアハイムと呼ばれる動物保護施設から引き取る。

その際、引き取る人は犬を飼うのに相応しいかどうかをチェックされる。たとえば、小さなアパートに住んでいたり、仕事が忙しく家を留守がちな人はNG。犬を幸せにできる条件を満たしていないと犬は渡してもらえないというわけだ。犬を飼うためには、まずは、自分がそれに相応しい人になる必要があり、覚悟も心構えも必要だ。

ドイツには、犬法も犬税もある。守らないと法律違反で罰金を支払わなければならない。安易な気持ちでは犬は飼えない。日本の都会では、最近豪華なペットホテルが人気だが、その半面、捨て犬も多い。安易な気持ちで飼い始める、不幸な犬を増やさないよう、犬に対するドイツ人の意識をもっと見習いたい。(パクチー)

ドイツの動物問題行動治療学研修中のドクターによるドイツの犬事情:
http://www.geocities.jp/talismankatze/germany.html

地球生物会議ALIVEのHP:
http://www.alive-net.net/law/wadai/Germany1.html

アエラのドイツの犬についての記事:
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090901-00000002-aera-int


自由で活発な発言を歓迎します。

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