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  • Comments Off on 桃井かおりが主演、ラトビア人が監督した映画『AMAYA』 Kaori Momoi Starring in the Lativian film AMAYA

EUフィルムデーズ2011でラトビア映画『AMAYA』を観た。といっても、ラトビアはラの字も出てこない。舞台は現代の香港で、中国人の夫と桃井かおり演じる日本人の妻雨夜の周りで起こるいくつかのエピソードが、英語、中国語、日本語で交錯した国際色豊かなストーリー。

世界のどこの国でもおこりそうな出会いと別れと再会。監督の出身国を強調することなく、逆に、ある人が感じることを今やユニバーサルに共感することができる、まさに時代はグローバルだということを感じさせる映画だった。

旅行者ポールは、雨夜の働くマッサージ店に講習を受けにやってくる。出身はヨーロッパだが「小さな国で誰も知らないよ」と語らない辺りがラトビアを連想させたが、母親との電話の会話が英語だったので英国に移住した家庭に育ったのかも、と想像が膨らむ。

このポールを演じたのはリトアニア人ミュージシャン・俳優・音楽プロデューサーのアンドリュス・マモントヴァス。恋人と別れてから世界を放浪してきた自由人、世界の人と通じ合えるものを持っている世界人の雰囲気を上手く表現していた。テーマは人類愛?自分らしく自由に生きたいと願いつつも、実際はそれぞれが複雑な思いを抱えている、そんなところに見応えを感じた。    (みかん)

 

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2011年3月2日、外務省の招待で来日した、エストニア、ラトビア、リトアニアの科学技術政策担当者によるセミナーが日本科学技術振興機構と外務省の共催で開催され、「産学連携とイノベーション」がテーマとなった第2部を傍聴した。印象に残った各国の昨今の事情を紹介したい。

エストニア国内の研究投資を分野別に見ると、2009年は36%が情報通信分野に向けられ、主要産業であることが見て取れる。一方で、同分野への外国直接投資は2010年9月時点で3.3%のみ。エストニア政府は産学連携を推進し、より創造的な経済の創出を目的として、中小企業向けに1社当たり3,200ユーロ相当のヴァウチャー(券)を発行し、研究機関のサービスを利用するよう推奨している。2010年春の評価では、90%の参加企業が協力関係を継続したいと回答した。(テア・ダニロフ経済通信省経済開発局長の発表より)

ラトビアの技術革新には歴史がある。例えば、1937年に世界最小と発表されスパイカメラとも呼ばれたミノックスカメラはラトビアで開発されたもの。そして今日では、製薬会社と研究機関の連携などにより、過去5年間で270以上の特許が登録されている。そうした最先端分野の一つに挙げられるのは、MADARAの有機化粧品だ。国際有機認定基準「エコサート」を取得しており、日本でも入手できる。(ヤーニス・スタブルニエクス ラトビアン・テクノロジカル・センター所長の発表より)

リトアニアでは、研究基盤の拡充に重点を置き、GDPにおける研究開発費の比率を上げることを目標にしている。レーザーや光技術、バイオ技術、持続可能化学やバイオ薬学、アグロバイオテクノロジーや生物エネルギー、海洋環境などの研究拠点として、5カ所のバレー(研究都市)を発展させていく計画だ。日本企業との連携も歓迎するそうだ。(ネリヤ・プチナイテ教育科学省副大臣の発表より)
(みかん)

日本科学技術振興機構
http://www.jst.go.jp/

外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html

MADARA
http://www.madara-cosmetics.lv/intl/

MADARA取扱業者「WAYS SHOP」

中目黒駅前に新しく建ったアトラスタワーの3階に、「リガ・コレクション」が2010年7月に開店した。オーナーの川島夫妻は、米国にいたご家族を通じてラトビア人との交流があり、日本人にラトビアをもっと知ってもらいたいという思いから、お店を始めるに至った。

リネン、ニットウェア、木製玩具、陶器、ガラス類、そして蜂蜜やチョコレートなどの食品に至るまで、家内工業による手作りの製品が商品の多くを占めている。ニットなど中には1点ものも。店内の家具もラトビアから船便で取り寄せたもので、まるでラトビアの家庭に来たような雰囲気を演出している。

日本ではめったに手に入らないラトビア直送のライ麦パンも扱っているが、こちらは予想以上に早く品切れとなってしまい、次に届くのは2週間後だとか。しかし私は幸運にも最後の一包みを購入でき、独特の香りと酸味ある味わいを満喫できた!

どの商品も素朴でありながらセンスよいデザイン。贈り物に、普段使いの小物に、そしてラトビアの暮らしを知るためにも、覗いてみると楽しい場所だ。(みかん、写真も)

リガ・コレクション
http://www.riga-gbs.com/

8月12日発売『hanako』の中目黒特集でも取り上げられる予定だそう。
http://magazineworld.jp/hanako/976/

ラトビアについて関心を持ったらまずはリガ情報から↓
http://www.rigascope.jp/#/jp/

写真説明:アロマキャンドルやオーガニック化粧品も扱っている。

貧しい画家が一目ぼれした女優のために、無数のバラを彼女のいる宿舎の窓の下に敷き詰めるという歌詞で、日本でも加藤登紀子が歌ってヒットした「100万本のバラ」。古いロシア民謡のように思われているが、実はそうではない。ラトビア人で、のちに同国の文化大臣にもなった音楽家ライモンド・パウルスがソ連統治時代に作曲したもの。もともとの歌詞も、画家やバラとは関係ない。ラトビアという国の悲劇の歴史と深くかかわった曲なのである。

原曲は、ラトビア人の愛国詩人レオン・ブリディスが書いた詩をベースにしており、「マーラが与えた人生」という題名が付いていた。「マーラ」とは、同国語で命や母性を表す女神の意味で、詞の中には「マーラは娘に生を与えたけど、幸せをあげ忘れた」「もう母はいないので、今は一人で生きていかなくてはならない」などという言葉が書かれている。

ラトビアは、小国ゆえに歴史的に近隣のスウェーデン、ポーランド、ロシア、ドイツなどに絶えず、侵略、蹂躙されてきた。独立の厚い思いを抱きながらも、多くの時間、それを享受することができなかった。ブリディスは、ラトビアの悲劇の歴史を「幸せをあげ忘れた」と表現し、これにパウルスが旧ソ連時代の1981年に曲を付け、女性歌手アイヤ・クレレがラトビア語で叙情豊かに歌った。

子守唄のように優しく歌いながら、実は、民族の自尊心とソ連への抵抗への思いが込められていたのだ。しかし、当時支配者だったロシア人は、原語のそんな意味も分からず、魅力的なメロディーだけを受け入れた。ボズネンスキーが作詞したロシア語の歌詞では、画家の悲恋をテーマにした「100万本のバラ」と変わり、アラ・ブガチョフというロシアの代表的シンガーの歌声で大ヒットした。

首都リーガの旧市街と新市街を隔てる掘割近くに自由記念碑がある。1935年に、独立を記念して建てられた高さ51mの塔。衛兵の交代式を見る民衆の顔には、今は独立を勝ち取ったという誇りと喜びが満ちあふれいる。(日暮らし)

http://byeryoza.com/topic/log2006/mara.htm
http://salon.stage007.com/header1019419/archive/27/0

大相撲の三役に把瑠都(本名=カイド・ホーヴェルソン)という大型力士がいることはよく知られているが、彼の出身国エストニアがどこにあるのかは、若いみなさんはほとんど知らないのでは。欧州大陸の中でも北端に位置し、北海道の3分の2ほどの広さで、人口も約130万人という小国だ。日本とはあまり縁がなさそうなこの国で、なぜ相撲がはやるのだろうか。

小国だから、国民がたしなむスポーツの種類は限られており、その中でも柔道が盛ん。カイド少年は最初、背が高いことからバスケットに熱中したが、高校時代に兄の影響を受けて柔道を始めた。ただ、運命は分からないもの。柔道の恩師になったリホ・ランニックマー氏は、実はエストニアの「相撲の父」と呼ばれるほどの相撲指導者でもあったのだ。

少年は国内の相撲大会で活躍し、それが日本の角界関係者に知られてスカウトされた。日大相撲部で基礎を学んだのち、日大OBでもある尾上親方の部屋に入門した。四股名はもちろん、エストニアがバルト海に面し、ラトビア、リトアニアとともに「バルト3国」と呼ばれていることに由来する。

同国で相撲が普及したわけは、ランニックマー氏の例でも分かるように、指導面で世界的なスポーツである柔道と渾然一体化したことにある。相撲連盟の国内組織もしっかりしており、昨年10月には、人口1万7000人ほどの同国のラグヴェレー県で男女それぞれの世界相撲選手権大会、ジュニア選手権大会が開催された。このラグヴェレーこそ、把瑠都の生まれ故郷だ。

インタビューでは流暢な日本語を使い、人懐っこい笑顔で答える把瑠都。日本人がエストニア国を認識し、好印象を持ち始めたとしたら、間違いなく彼こそ最大の功労者であろう。(日暮らし)

把瑠都について
http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/20060502.htm

個人のニュースサイト
http://sofia-family.main.jp/ht-news-p2.html

広報誌EUROPE
http://www.deljpn.ec.europa.eu/data/current/europe2009winter06.pdf#search

日本には、音楽を通じたラトビア愛好家が多数いる。日本ラトビア音楽協会に名を連ねる個人会員だけで160人。ラトビア人音楽家の日本公演などを主催・後援するほか、2008年7月には約50人が首都リーガで開催された「歌と踊りの祭典」を見に出かけた。

写真クレジット: Juris Kalnins / © 2005-2007 TAVA

写真クレジット: Juris Kalnins / © 2005-2007 TAVA

帝政ロシア下の19世紀後半から民俗音楽の収集と新たな作曲が活発になったラトビア。合唱と踊りはラトビア人が団結し、アイデンティティを守るために不可欠。5年毎に行われる歌と踊りの祭典は、独立90周年を記念した2008年に135周年24回目を迎え、約35,000人の盛大な催しとなった。

ここに来れば、民俗衣装に身を包み全国から集まるまさに老若男女がいかに自国の伝統音楽を愛しているか、が一目瞭然である。その素晴らしさを生で鑑賞すべく日本からも愛好家は駆けつける。ラトビアの合唱曲を毎年歌う日本の高校もあるという。(みかん / Japan Echo)

日本ラトビア音楽協会(合唱曲を聴くこともできます)
http://www.jlv-musica.net/

歌と踊りの祭典写真集(英語サイト)
http://www.li.lv/dziesmu/index1.html


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