こんなEU、あんなEU~日常に見るヨーロッパ | Life in the EU

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今、もし西洋絵画を観たいと思ったらどうするか。答えは簡単。美術館へ足を運べばよい。東京であれば、上野に国立西洋美術館がある。しかし、約100年前、本物の西洋絵画は、西洋へ行かなければ見ることはできなかった。したがって、当時の日本の西洋画家たちは、本物を見ることなく油絵を制作していた。日本で本物の西洋美術をみられるようにしたい―そんな強い思いを抱いたのが松方幸次郎だった。

松方幸次郎は、川崎造船所(現川崎重工業)の初代社長だ。1865年、薩摩藩に生まれ、父親は、明治政府で2回首相の座に就いた松方正義。幸次郎が社長に就いた頃、船は受注してから造るのが常識だった。しかし、彼は時代を先読みし、先に船を造ってから販売するという当時では考えられないような決断をする。そして自らロンドンへ行き、見事船の販売に成功、巨万の富を得る。そしてその頃、彼はイギリスで、英国人画家のフランク・ブラングウィンに出会った。

ベルギー生まれのブラングウィンは大変多才で、絵画のみならず、壁画装飾や空間デザインなど、さまざまな分野で能力を発揮した人物だ。彼は若い頃、船乗りだったこともあり、造船風景や、船上風景などの絵画も多く描いていた。そんな共通性もあったため、2歳違いのブラングウィンと松方は、出会ってすぐに意気投合した。

松方はブラングウィンから絵画蒐集の協力を受けながら、1910年代後半から1920年代前半にかけて、西洋の絵画、彫刻、工芸品などを集めた。そのコレクションを展示する美術館を日本に作ろうと、美術館の建築デザインもブラングウィンに頼み、計画は進んでいった。「共楽美術館」と名付けられ、場所は麻布に予定された。しかし、この計画は惜しくも夢に終わる。金融危機がおこり、松方は集めた品々を手放さなくてはならなくなったからだ。さらに、イギリスに保管しておいたブラングィンの作品を多く含む作品も、倉庫の火災で燃えてしまった。

フランスに保管されていた松方コレクションは、サンフランシスコ平和条約により、一度はフランスの所有になったが、東京に美術館を創設することを条件に返還された。そうして建ったのが、国立西洋美術館だ。

松方の、日本でいつでも西洋美術を見られるようにしたいという想いは、時を経て実現した。ブラングウィンがデザインした美術館が建つことはなかったが、彼の協力で集めた作品群を、今日我々は自由に楽しむことができる。そう思うと、ブラングウィンの存在が近く感じられる。

国立西洋美術館では、5月30日まで、フランク・ブラングィン展が開催されている。共楽美術館の素晴らしい建築デザイン画や、ブラングウィンが描いた松方の肖像画なども見ることができる。(パクチー)

国立西洋美術館
http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html

フランク・ブラングウィン展について
http://www.fb2010.jp/main/

川崎重工株式会社(松方幸次郎初代社長)
http://www.khi.co.jp/overview/hisotry/his_02.html

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